自家製糀酵母の小さなパン工房「米花bake」を訪ねてみた。





息子さんの重度のアレルギーをきっかけに麹の力に出会い、体に優しいパン作りを始めた工房である。
今回は、代表の小島 絵美(こじま えみ)さんにお話をうかがった。
- 麹の魅力と子どもたちへの想いを込めた店名
- 家族を支えた発酵食との出会い
- 独学で生み出した糀酵母と玄米パンの技術
- 選び抜かれた素材が支えるパンの味と想い
- 家族と夢を育む日々、世界へつながる想い
①麹の魅力と子どもたちへの想いを込めた店名
小島さんが店名に選んだ「米花bake(ベイカベイク)」という言葉には、日本の食文化への深い敬意と、未来を担う子どもたちへの想いが込められている。やさしさと温かみのある響きの裏には、発酵食品である「麹」を通じて伝えたいメッセージがあった。
「米花bakeでは、米麹で発酵させたパンを作っています。麹というのは、日本の味噌や醤油などに使われる、日本の食文化を支える存在です。だからこそ、こうした日本の“国菌(こっきん)”である麹を、もっと多くの人に伝えていきたいという想いがありました。」
加えて、コロナ禍を通じて子どもたちが抱くようになった“菌”へのネガティブなイメージも、小島さんが意識したことのひとつだった。
「除菌・滅菌が当たり前になって、菌全体が悪者のように見られるようになってしまったと感じています。でも、本来菌にはおいしさを生み出す力や、人と共生する面もあります。子どもたちには、もっと温かい目で“おいしい菌”のことも知ってもらえたらと思って、“米花bake”という名前をつけました。」
「米花」という名前は、「麹」に由来している。「麹」は「糀」とも書き、これは明治時代に日本で生まれた国字だという。その「糀」を分けて「米」と「花」の二文字になった。顕微鏡でのぞくと、麹菌が花のように広がっていく姿があり、そのイメージはロゴにも込められている。名前とロゴには、麹への深い愛情と敬意が息づいている。

②家族を支えた発酵食との出会い
小島さんが麹と出会うきっかけは、まだ幼かった息子さんの重度の食物アレルギーだった。生後7ヶ月の頃から深刻な症状に悩まされ、食べられるものがほとんどないという状況の中で、日々の食事に試行錯誤を重ねていたという。
「例えば、アレルギーでいうとお米も大豆も小麦もナッツも全部ダメでした。ごまもダメで、“何を食べさせればいいんだろう”と思って先生に相談したら、“アレルギーが出ても、お米は食べさせてください”と言われたんです。」
アレルギー反応が出てもなお、米を食べさせ続ける日々。その中で小島さんがたどり着いたのが、麹の持つ「タンパク質分解」の力だった。
「最初にお粥をあげた時、息子の唇は真っ赤でボロボロになってしまいました。でも、麹ってタンパク質を分解する力がすごく強いんです。アレルギーの元になるのはタンパク質なので、それを麹で少しずつ分解して体を慣らしていきました。」
塩麹を混ぜたお粥を与えたり、塩麹に漬けた茹で卵を少しずつ食べさせるなど、小島さんは麹を使って息子さんの体に合うよう工夫を続けた。やがて家族全体の食生活も見直され、発酵食を中心とした暮らしへと変化していく。
「私も授乳中だったので、私が食べたものが母乳を通じて息子に影響するんです。だから、白米から酵素玄米に切り替えて、お味噌汁とぬか漬けを基本にした食生活にしました。」
そうした取り組みの結果、息子さんのアレルギーは徐々に改善し、今ではすっかり元気になったという。家族全員が発酵食の力を実感し、小島さんの活動を全面的に応援してくれているそうだ。

③独学で生み出した糀酵母と玄米パンの技術
米花bakeのパンづくりにおいて、最大の特徴とも言えるのが「糀酵母」の存在だ。炊いたご飯と麹、水をあわせて発酵させた自家製酵母を使って、パンをふくらませていく。
「米花bakeで使っている糀酵母は、炊いたご飯と麹と水を混ぜて発酵させています。酵母って、うなぎのタレのように“つぎ足し”でずっと育てていくんです。」
この糀酵母作りは、日本酒造りと同じ発酵の原理に基づいており、2日から1週間ほどかけて育てた酵母を、最適なタイミングで粉と混ぜてパンにしていく。
さらに注目すべきは、小麦を使わない「生米パン」の製法だ。当初は国産小麦を使って麹発酵のパンを焼いていたが、グルテンフリーを求める声を受け、玄米を使ったパン作りに挑戦するようになった。
「うちの玄米パンは“生米パン”という製法で作っています。玄米をそのまま炊くように、まず1日浸水させてから水を切って、糀酵母と一緒に他の材料とミキサーにかけて生地にしていくんです。米粉パンとは作り方が全然違うんです。」
本で学んだ生米パンの製法に、独自の工夫を加えている。糀酵母を取り入れたり、玄米をそのまま使うことで糠に含まれる油分まで活かす。そうすることで副材料の油を減らしつつ、お米ならではのやさしい甘みを引き出し、砂糖を使わないパンも焼き上げている。玄米は白米に比べて膨らみにくいため、いかに美味しく焼き上げるか、日々の試行錯誤は続いている。

④選び抜かれた素材が支えるパンの味と想い
米花bakeのパンは、麹や酵母だけでなく、使う材料ひとつひとつにも強いこだわりがある。中でも印象的なのが、岐阜県加茂郡川辺町にある白扇酒造の「伝統製法本みりん」だ。
「みりんはやっぱり岐阜県産のものを使いたいと思っていました。玄米やお酒も、農家さんや生産者さんが愛を持って作っているかを大切にしたくて。だから、白扇酒造さんの本みりんは、私の中で迷いなく“これ”と決めました。」
白扇酒造の本みりんは、麹ともち米、米焼酎の3つだけを原料に、長期間じっくりと熟成させて作られる。小島さんは、このみりんを隠し味に使うだけでなく、製造時に出る「みりんかす」もパン作りに活用しているという。
「乳製品を使わないと、どうしても味に物足りなさを感じることがあるんです。でも、このみりんかすを使うと、ぐっと味に深みやクリーミーさが加わることに気づきました。」
さらに、塩にも妥協はない。米花bakeで使っているのは、海藻の成分を含んだ「藻塩」。まろやかな味わいだけでなく、体に必要なミネラルもしっかり補ってくれる優れものだ。
日々の暮らしの中でも、小島さんの発酵への姿勢は徹底されている。自宅では年間50キロ分の味噌を仕込み、塩麹や甘酒などの発酵調味料もすべて手作り。ケチャップに至っては、有機トマト缶とデーツ、玉ねぎの甘みだけで作り、砂糖は一切使わない。
「市販のケチャップって、裏の原材料を見ると一番最初に“砂糖”って書いてあるんですよ。でもトマトケチャップなのに、トマトよりも砂糖の方が多いなんておかしいと思って。だから、自分で作るようになりました。」
ひとつひとつの素材と丁寧に向き合い、伝統と愛情をかけてパンを作る――それが、米花bakeの味わいに奥行きを与えている。こうした姿勢は、パンづくりの先にある「暮らし」そのものにもつながっている。


⑤家族と夢を育む日々、世界へつながる想い
現在は週に1度の営業ながら、地元の人々から親しまれている米花bake。しかし小島さんの夢は、それだけにとどまらない。小学校での読み聞かせボランティアを続ける中で、子どもたちとの関わりが自身の夢をより鮮明にしていったという。
「私の一番大きな夢は、“マザーテレサのように世界中に愛を分かち合える人になること”です。」
その夢の実現に向け、小島さんは今のパン作りや発酵の学びを大切にしながら、将来的には本の出版や海外での講演活動なども見据えている。目の前の小さな一歩を積み重ねながら、大きな夢へと道を拓いていこうとしているのだ。
もっと身近な展望としては、「あたたかいパンをその場で提供する」モーニングスタイルの提供を考えているという。
「スーパーやコンビニでは冷たいパンが袋に入って売られているじゃないですか。でも私は、もっと“あたたかい”パンを届けたいと思っているんです。モーニングプレートのような形で、自分のパンを誰かに温かく提供できたら、もっと“おいしい”を一緒にシェアできるんじゃないかと思っています。」
現在も、中学生の娘さんと小学生の息子さんという二人のお子さんの子育てを大切にしながら、日々の活動を続けている。娘さんは卒業文集に「将来スイーツ店を開きたい」と綴り、息子さんは誕生日に包丁をリクエストするほど料理好き。小島さんの姿は、家族の中でも確かに影響を与えている。
開業から4年目を迎えた今、米花bakeは、アレルギーで悩む人々だけでなく、地域の人々にも愛されるパン屋として定着している。一人でできることには限りがあると感じつつも、お客様からの応援を受けながら、小島さんは歩みを止めない。
「自分が夢を持つことで、誰かが“それも夢にしていいんだ”と気づける。みんなで一緒に向上していけると思うと、私ももっとたくさん夢を持って、それをシェアして、みんなで日本や世界を少しでも良くしていけたらと思っています。」
体に優しいパンを求めている方、発酵食に関心のある方は、ぜひ米花bakeを訪れてみてほしい。麹への深い愛情と家族への想いが込められた、やさしく温かなパンと出会えることだろう。

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