重厚で濃厚なフランス菓子の世界を岐阜に「pâtisserie riplesse」を訪ねてみた。





2024年10月にオープンしたこの店は、本格的なフランス菓子をベースに、味や香りが濃くはっきりとしたお菓子を提供している。
今回は、オーナーパティシエの山下幸大(やました ゆきひろ)様にお話をうかがった。
- 「柔らかさ」と「厳しさ」を併せ持つ店名に込めた想い
- フランス菓子への憧れから始まった職人の道のり
- 磨き抜かれた技術で生み出す濃厚なフランス菓子
- 看板商品・サントノレに込めたプライド
- フランス菓子の魅力を伝える挑戦と展望
①「柔らかさ」と「厳しさ」を併せ持つ店名に込めた想い
「リプレス」という店名には、山下さんが大切にしてきた職人としての理念が凝縮されている。
その由来は、フランス語の「リジディテ(厳格な・硬い)」と「スプレス(柔軟な・物腰柔らか)」を組み合わせた造語。相反するように見える二つの言葉を並べた背景には、菓子職人としての姿勢と人としての在り方を両立させたいという想いがあった。
「リジディテは“厳格”“硬さ”を表す言葉で、スプレスは“物腰柔らかさ”や“柔軟さ”を意味します。私にとっては、どちらも欠かせない要素なんです。お客様には柔らかく向き合いたいし、お菓子づくりでも頭を固くしすぎない柔軟さが大事。でも同時に、職人としてのプライドを持ち、ブレない姿勢を貫く厳格さも必要だと考えています。」
しかし山下さんは、柔らかさやしなやかさも同じだけ大切にしてきた。技術に向き合うときは真剣に、けれど人と向き合うときは優しく。この両面のバランスこそが、自分の進むべき道だと信じている。
そうした想いを凝縮させた結果、生まれたのが「リプレス」という名だった。単なる造語ではなく、職人としての生き方や人との関わり方を映し出す言葉。お菓子づくりの厳しさと、誰かを思うやわらかさ。その両輪を回しながら進んでいくことこそが、山下さんが思い描く職人としての生き方そのものなのだ。

②フランス菓子への憧れから始まった職人の道のり
山下さんがパティシエの道を選んだのは、高校卒業後に進学した専門学校から。
「もともと物作りが好きで、甘いものも好きだったので、本当に軽い気持ちでパティシエはいいなと思って専門学校に入りました。」
名古屋製菓専門学校では、実習時間の長いコースを選び、2年間みっちりと基礎を学んだ。卒業後は岐阜の結婚式場に就職し、3年間パティシエとして経験を積む。しかしそこで理想とのギャップを痛感する。
「結婚式全体の予算の中で、お菓子にかけられるお金には限界があります。10万円のケーキなら、どうしても10万円の仕事しかできない。パティシエの立ち位置は弱く、料理の盛り付けなどを手伝いながら、残った時間でケーキを作るような状況でした。」
もっと本格的にお菓子づくりを学びたい。その想いが募るなかで思い出したのは、専門学校時代に参加した東京研修で出会ったフランス菓子だった。
「フランス菓子は、今までに食べたことのない味わいで、本当に衝撃的でした。いざ修行に行こうと思ったとき、まず頭に浮かんだのが埼玉のパティスリーでした。」
憧れのフランス菓子と向き合うために、岐阜を離れる決意をした山下さん。新しい挑戦が、ここから本格的に幕を開けていく。
③磨き抜かれた技術で生み出す濃厚なフランス菓子
埼玉のパティスリーで5年半、その後は神奈川で2年間。山下さんは約7年間にわたり、本格的なフランス菓子の世界で研鑽を積んだ。そこで培った技術と味わいの特徴について、こう語ってくれる。
「岐阜というか中部地方全体は、比較的やさしい味のお菓子が多いと思います。でもフランス菓子は、もっと重厚感があって、濃くてはっきりとした味わいなんです。」
たとえば日本のショートケーキと、フランスのフレジエというケーキを比べれば、その違いは一目瞭然だ。
「ショートケーキは軽いスポンジに生クリームですが、フレジエはアーモンドペーストを混ぜ込んだ生地でコクがある。さらにクリームは、カスタードにバターを合わせた“ムースリーヌ”という重厚なクリームを使います。全然食べ応えが違うんです。」
こうした本格的なフランス菓子の魅力を、地元・岐阜の人にももっと知ってほしい。その想いは、修行時代の厳しい環境の中で育まれていった。
「昭和的なスタイルで、シェフが言うことは絶対という雰囲気でした。でも今振り返ると良かったなと思います。技術面はしっかり身につきましたし、今は働き方改革でそうした環境は少なくなっているので、やりたい子にとっては少し物足りなく感じるかもしれません。」
厳しさと向き合いながらも、技を磨き続けた日々。その積み重ねがあるからこそ、山下さんがつくるフランス菓子には確かな深みと説得力が宿っている。

④看板商品・サントノレに込めたプライド
pâtisserie riplesseの看板商品は「サントノレ」。フランス菓子の基本形のひとつであり、伝統を土台にさまざまなアレンジが生まれる菓子だ。現在、お店では「パッションキャラメル」の味わいで提供している。
「サントノレを推しにしています。キャラメルとパッションの組み合わせが昔から好きで、その組み合わせをサントノレの枠の中で表現しました。」
修行先のパティスリーでも、バラを使ったサントノレを「アントワネット」という名前で販売していたという。菓子職人たちにとって、サントノレは挑戦心をかき立てる存在なのかもしれない。
その象徴的な場が「フランスパティスリーウィーク」。全国のパティスリーが毎年ひとつの伝統菓子をテーマに、オリジナル商品を生み出して販売するイベントだ。今年のテーマはサントノレ。山下さんも「杏とバニラのサントノレ」で参加し、岐阜から唯一の参加者となった。
「今年はサントノレがテーマだったので、杏とバニラを組み合わせて販売しました。岐阜ではうちだけの参加でした。」
山下さんの目標は明快だ。
「“サントノレといえば岐阜のリプレス”という存在になりたいです。やっているお店は多くないので、単品商品として岐阜に根付かせたいと思っています。」
その言葉通り、着実に実績を積み上げてきた。ジャパンケーキショーでは銀賞を受賞し、チョコレートイノベーションコンテストではファイナリストに選出。研鑽を重ねてきた技術は、確かな評価を得ている。
伝統のフランス菓子を軸に、新しい表現で挑み続ける。その中心にあるのが「サントノレ」であり、それを岐阜に根付かせようとする山下さんの挑戦は、すでに一歩ずつ形になり始めている。


⑤フランス菓子の魅力を伝える挑戦と展望
2024年10月の開業から約1年。山下さんは常に新しい挑戦を続けてきた。店頭には生菓子だけでなく、フランス式の菓子パンも並ぶ。
「フランスのパティスリーにはパンが並ぶのも自然な光景です。リプレスでも、クロワッサンやブリオッシュなど、お菓子と地続きのようなパンを選んで置くことにしました。」
pâtisserie riplesseのもうひとつのこだわりがコーヒーだ。奥様が担当を務め、人気喫茶店とのオリジナルブレンドに加え、鳥取県のスペシャリティコーヒーを定期的に入れ替えて提供している。
「中部圏はモーニング文化で深煎りのコーヒーが多いんですけど、豆本来の香りや酸味を楽しめるスペシャリティコーヒーも面白いと思って取り入れました。将来的にはコーヒーとケーキのペアリングをやってみたいんです。」
一方で課題もある。フランス菓子の持つ「重厚さ」が、ときにハードルになってしまうという。
「フランス菓子は軽くてふわっとしたタイプではないし、材料の関係で価格も高めになってしまいます。でもラーメン屋にあっさり系から濃い系まであるように、ケーキ屋にも幅があっていいと思うんです。」
将来的には、イートインのある店を持つことが目標だ。
「今はイートインがないので、コーヒーとケーキのペアリングが十分にできません。4〜5年で地盤を固めたうえで、理想としてはゆっくりと味わっていただける環境を作りたいですね。」
修行を重ねた確かな技術でつくられる濃厚なフランス菓子と、香り高いコーヒー。その組み合わせを楽しめる日が、きっとそう遠くない未来に訪れるだろう。山下さんの挑戦は、岐阜の洋菓子文化に新たな選択肢を生み出し続けている。
本格的なフランス菓子を求める方は、ぜひpâtisserie riplesseを訪れてみてほしい。職人の技術と想いが込められた、今まで味わったことのない感動的なお菓子との出会いが待っていることだろう。

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