自然と共に歩む隠れ家美容室「金木犀」を訪ねてみた。





自然由来の植物カラーや自家栽培のハーブを使った施術で、心身ともに癒される自然派美容室である。今回は、代表の増元章人(ますもと あきひと)様にお話をうかがった。
- 金木犀と歩んだ年月から生まれた店名
- 祖母の想いを受け継ぎ、未来を紡ぐ
- 天然素材が導く、やさしい美容
- 美容から始まる、コミュニティ拠点
- 人と自然と つながりを大切に
①金木犀と歩んだ年月から生まれた店名
「金木犀」という店名の由来は、増元さんの人生と深く結びついている。その名の源になったのは、店の前に静かに佇む一本の金木犀。この金木犀は、単なる木ではなく、時間を共に重ねてきた象徴でもある。
「店先にある金木犀の木なんですが、実は僕が生まれた年に植えた木なんです。ここを受け継ぐことになって、名前を変えようかなと思った時に、ふとその木が目に入りました。生まれた時からずっと一緒にいてくれた存在ですし、僕自身も好きで、花言葉もとても素敵だったので迷わず選びました。」
金木犀の花言葉は「初恋」や「真実」など、どこか懐かしく温かな意味をもつ。増元さんにとって、この木は人生の節目をそっと見守ってきた存在であり、時に励ましをくれるような存在でもあるのだろう。だからこそ店名に込めた想いには、深い必然性がある。
さらに、この地域ならではの風習も関わっているという。
「僕の年くらいまでは、子どもが産まれると町から金木犀をもらってたんですよ。だからこの辺りの庭には、金木犀が植えてある家が結構多いんです。僕の木もその流れでやってきた一本なんですよね。」
新しい命の誕生を祝って町から木を贈るという習慣。地域の人々のあたたかな心がそこに重なっている。増元さんの金木犀もまた、そうした土地の文化と愛情に支えられて育ってきた。
10月終わりから11月にかけて、花が咲き誇る時期になると、金木犀の甘い香りが店の中まで広がっていく。窓を少し開けるだけで自然の香りが漂い、施術を受ける人は心からリラックスできる。増元さんが選んだ店名には、日常に寄り添う静かな幸福感が映し出されている。


②祖母の想いを受け継ぎ、未来を紡ぐ
「金木犀」の前身は、増元さんのお祖母様が40年以上営んできた「増元美容院」だった。小さな山あいの村で、世代を超えて地域の人々に愛されてきた場所だ。
お祖母様が美容師を志したのは、当時の社会状況とも関わりがあるという。
「その頃は女性の働き先としての選択肢が本当に少なかったみたいなんです。祖母は美容師として20年ほど勤めた後に独立して、自分の店を開いたと聞いています。そこから40年くらいずっと続けてきました。」
増元さん自身も、美容師として15年のキャリアを積んできた。名古屋や関西のサロンで技術を磨き、多様なお客様に向き合ってきた経験は大きな財産になっている。そんな増本さんが地元に戻るきっかけは、家族への想いからだった。
「祖父が亡くなって、祖母が一人になったのを心配して戻ってきました。実はもともと結婚を機に田舎で生活をしたいなと思っていたんですけど、最初から祖母の店を継ごうと決めていたわけではなかったんです。」
当初は訪問美容という形を考えていた。店舗を持たずに移動してサービスを提供するスタイルなら、経費も抑えられ、地域の高齢者のニーズにも合うと感じたからだ。
「最初は訪問をメインにやりたいと思っていました。ランニングコストがかからないし、この地域は半分以上が高齢者なんです。だから需要はあるだろうと考えていました。」
しかし、お祖母様の店を手伝い始めたことで、その考えに変化が生まれた。
「祖母の美容院で実際にお客様と接しているうちに、この場所でもやれるかもしれないって思うようになったんです。どうしたら続けられるかって考えたら、やり方次第で十分できるなと感じました。」
背景には、地域の大きな変化もある。かつて数千人が暮らしていた村は、今では人口600人ほどに減り、その8割が高齢者という状況だ。美容室を維持することは簡単ではない。しかし増元さんは、単に「店を残す」ことにとどまらず、この土地に新しい価値を築くことができると考えるようになった。
外装はお祖母様の時代のまま残しつつ、内装は一新している。古いものを愛する増元さんの好みが反映され、アンティーク調の落ち着いた空間となっている。外装も新しくしようかと迷ったことはあるが、「このギャップがいい」と言ってくれる人の声に励まされ、今はそのままの姿を大切にしている。ただ、いつかの未来にはまた違った表情を見せるかもしれない。
増元さんにとってお祖母様の店は、単なる継承の場所ではなく、未来へとつなぐ挑戦の舞台となっているのだ。

③天然素材が導く、やさしい美容
「金木犀」の最大の特徴は、自然由来の素材を活かした施術にある。化学薬品をできる限り使わず、植物が持つ力をそのまま取り入れることで、髪や頭皮、さらには心身全体にやさしいケアを実現している。増元さんがヘナに注目するようになったのは、自らの体験がきっかけだった。
「僕はもともと染料に含まれているジアミンにアレルギーがあるんです。美容院で働いていた時も、手がすごく荒れてしまって。何か良い方法はないかと探していた時に出会ったのが、ヘナでした。」
ヘナは植物100%の天然染料で、化学薬品を用いずに髪を染めることができる。ナチュラル志向の人だけでなく、アレルギーや敏感肌に悩む人にとっても心強い選択肢だ。さらに増元さんは、そこに独自の工夫を加えている。
「ヘナなどの草木染めは、普通は粉にお湯を混ぜて使うんです。でも僕はその“お湯”を、お客様のカウンセリングに合わせて調合したハーブウォーターにしています。その方に合ったハーブを摘み取って、そこから抽出するんです。」
そのために、増元さん自身がハーブを栽培している。
「今はまだ規模は小さいんですが、ゆくゆくは事業化したいと思っています。畑で育てたものだけでなく、周囲に自生しているドクダミやヨモギなんかも取り入れています。この土地にある自然の力を施術に活かしたいんです。」
ヘナ染めだけでなく、ヘッドスパにも自家製ハーブウォーターを使う。
「頭のリラクゼーションとして、ハーブウォーターを15分から20分かけ流すんです。経皮吸収といって、皮膚から成分が体に入っていくので、じんわりと体の芯まで温まっていくんですよ。」
店内にはベッドに横たわってシャンプーを受けられる設備も備えられている。通常の美容室ではあまり見られないスタイルで、深いリラックス効果を実感できると多くのお客様から好評を得ている。自然の恵みを最大限に取り入れた施術は、この場所ならではの魅力をつくり出している。


④美容から始まる、コミュニティ拠点
増元さんの夢は、「金木犀」を単なる美容室にとどめず、複合的な施設へと育てていくことだ。その構想の背景には、場所の特性と地域の人々とのつながりがある。
「実はここ、母屋とつながっているんです。ゆくゆくはこの美容室と母屋を行き来できるようにして、一つの施設にしていきたいと思っています。畑で育てたハーブを使ったカフェとか、ちょっとしたコワーキングスペースとか、そういう形にできたら面白いなと考えているんです。」
そのための小さな実践はすでに始まっている。お客様と一緒にオリジナルのオイルやリップ、スプレーを作るワークショップだ。
「ワークショップとして、オイルやリップ、スプレーをお客様とマンツーマンで作っています。全部自然な素材だけを使っているので、安心して楽しんでもらえます。単に施術を受けてもらうだけじゃなく、一緒に作る体験ができるのもいいなと思っています。」
さらにマルシェへの出店にも積極的に取り組み、地域の人々との交流を広げている。
「ワークショップや販売をちょっとずつやっていくのも楽しいです。カフェなら週に何回か営業する形も考えられるし、リラクゼーション的なスパを取り入れるのもいいですね。スパのメニューは、奥さんにやってもらうのもいいなと思っています。」
現在、奥様は美容学校に通いながら子育てをしている。将来的にはスパやリラクゼーション系の施術を担当し、夫婦で施設をつくり上げていく計画だ。美容と自然、そして暮らしが重なり合う場を目指して、夢は少しずつ形になり始めている。
美容室という枠を超え、地域に開かれた複合施設として、ここに暮らす人々にとって新しい居場所となり、訪れる人に自然の豊かさと温もりを届ける存在になっていくだろう。
⑤人と自然と つながりを大切に
増元さんの経営スタイルは、売上や集客に固執せず、自然体で穏やかなものだ。大きく拡大するよりも、自分らしくやりたいことを続けていくことを大切にしている。
「これまでの人生で十分幸せをもらってきたと思っています。でも、まだやりたいことはたくさんあるので、それを一つひとつ形にできたらいいなって思っているんです。」
店は「隠れ家のような雰囲気」を重視しており、宣伝は最小限。口コミや紹介を通じて人と人とがつながり、自然に広がっていく関係性を望んでいる。
「隠れ家的にやっていきたいので、大きな声で宣伝はしていません。紹介とか口コミで、ゆっくりつながっていくのが理想なんです。」
来店するお客様の年齢層は驚くほど幅広く、2歳の子どもから99歳の高齢者まで訪れるという。特に30代から40代の主婦層が多く、遠方から時間をかけて訪れる人も少なくない。
「遠方からも小旅行みたいな感覚で来てもらえるのは嬉しいですね。癒やしを求めて足を運んでくださるのがありがたいです。」
一方で、増元さんは訪問美容も継続しており、現在は6つの施設を回っている。店舗とは違った形で、高齢者の方々に寄り添いながら施術を行うことにやりがいを感じている。
「施設に行くと、僕たち自身も学べることや気づきがたくさんあるんです。お客様も元気になってくれるし、それが一番嬉しいです。僕にとっては商品を売ることよりも、人と人のつながりが大事なんだと思います。」
長く続いてきたお祖母様の美容院、そのこれからの姿について尋ねると、増本さんらしい言葉が返ってきた。
「この場所がどんなふうに続いていくかはまだわかりません。ただ、僕の意思や考え方が何らかの形で受け継がれていけば、それで十分だと思っています。多方面に広げていくことが、そのまま僕の理念につながっているんです。」
自然に癒されたい方、化学薬品に敏感な方、そして都市部の喧騒から離れてゆっくりとした時間を過ごしたい方は、ぜひ「金木犀」を訪れてみてほしい。山あいの隠れ家のような空間で、髪も心も自然の力に整えられる特別な時間が待っていることだろう。

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