羊羹チーズケーキという新境地を開く「御八 あんやなぎ」を訪ねてみた。
2階建ての古民家を改装した隠れ家的な空間で、羊羹チーズケーキという独創的な和洋折衷スイーツを提供する店だ。今回は、オーナーの成田渚(なりた なぎさ)様にお話をうかがった。
- 柳ケ瀬とあんこ、そして渚を込めた店名
- 経営者になるという強い決意
- 8ヶ月かけて完成した羊羹チーズケーキ
- 分かりにくさが生む価値
- 岐阜の銘菓を目指して
①柳ケ瀬とあんこ、そして渚を込めた店名
店名「御八 あんやなぎ」は「おやつ あんやなぎ」と読む。少しユニークな名前には、さまざまな想いが込められている。成田さんは、店名の由来についてこう語ってくれた。
「最初は、柳ケ瀬にあるので、店名もそのまま『柳』にしようと思っていたんです。でも、場所が少しわかりにくくて、外観からも何のお店かわかりづらいんですよね。そんな中で『柳』だけだと、さらに何のお店かわからなくなってしまうなと思って。ちょっと冒険しすぎかな、と感じたんです。」
お店のコンセプトである「和洋折衷」を表現するために、和の要素として「あんこ」を前面に出したい――そう考えた成田さんは、「あんこ」と「柳」を組み合わせて「御八 あんやなぎ」と名付けた。その理由には、自身の名前への想いもあったのだそう。
「私、名前が渚って言うんですけど、『あんこ』と『柳』を合わせると“あんこやなぎ”=“あんこ屋の渚”みたいな感じになるんです。自分の名前も入れたかったし、あんこをメインにしているので、この名前に決めました。」
成田さんの話を聞いていると、店名には地域への想いと、自分らしさがやさしく溶け込んでいると感じた。「あんやなぎ」という言葉の響きには、成田さんの人柄とこだわりがぎゅっと詰まっている。
②経営者になるという強い決意
成田さんが店を始めた動機は、一般的な飲食店開業とは少し異なっていた。洋菓子店の娘として育った成田さんにとって、一番の原動力は「経営者になりたい」という気持ちだったそう。
「普通は“どんなお店をやりたいか”から考える方が多いと思うんですけど、私はまず“お店を持つ場所”から決めたんです。一番の理由は、経営者になりたかったということです。どうしても自分の力で何かを成し遂げたかったんです。」
お店を構える前は、2~3年ほど移動販売やマルシェへの出店、オンラインでのカヌレ販売などを続けていた。けれども、そうした活動は企業の視点から見ると「趣味の範囲」に見られてしまうこともあったそうだ。その言葉が悔しくて、「本格的に経営をしたい」という気持ちがより強くなっていったそうだ。
「もちろんマルシェの出店も全力でやっていたんです。でも、たくさんのスタッフがいる企業の方からすると、どうしても趣味の延長のように見えたんだと思います。当時の私は本気でやっていたのに、“趣味だよね”と言われたことがすごく悔しくて。だからこそ、絶対に経営者になりたいと思ったんです。」
物件探しの中で、現在の古民家と出会い、一目惚れしてすぐに決めたのだそうだ。天井の高さや古い電線が残る雰囲気に魅力を感じ、この空間に合わせてコンセプトを固めたという。2024年2月から経営者としての道を歩み始めた成田さん。20代という若き経営者の挑戦が始まった。
「お店を始めてからは、仕事への気持ちがまったく変わりました。すべて自分で決められるので本当に楽しいですが、そのぶん失敗も全部自分の責任です。でも、それを含めてすごく楽しいんです。」
自分の手で未来を切り拓く成田さんの姿は、戦略的でありながら情熱的。若い世代の新しい経営者像を、まっすぐに体現しているように感じた。
③半年以上かけて完成した羊羹チーズケーキ
御八 あんやなぎの看板メニューは、「羊羹チーズケーキ」。
この少し不思議で独創的なスイーツは、なんと8ヶ月もの試行錯誤の末に完成した。成田さんはなぜ羊羹を選んだのか、その理由を教えてくれた。
「“和洋折衷”と言っても、正直、和の知識はあまりなかったんです。ただ、“和菓子といえばあんこ、あんこといえば羊羹かな”というイメージから始まりました。」
しかし、和と洋をただ組み合わせるだけでは意味がないと感じた成田さん。そこには、ひとつのこだわりがあった。
「羊羹もスイーツだし、チーズケーキもスイーツとして確立されています。でも、“別々に食べたほうが美味しいよね”って言われたくなかったんです。どちらも主張しすぎず、ひとつのスイーツとして“これで完成だね”と思えるバランスにするまでが本当に大変でした。」
さらに、商品づくりには経営的な工夫も込められている。日持ちのしないお菓子という課題に対し、冷凍保存ができて賞味期限も1週間ほどあるチーズケーキは、フードロスの観点からも理にかなった選択だ。
「お菓子って本当に日持ちがしないんです。毎日たくさんのお客様が来るような場所ならいいんですけど、当日作って当日売り切るっていう形は現実的に難しいんですよね。その点、チーズケーキは冷凍もできて扱いやすい。経営の面でもフードロスの観点から見てもとても良い商品です。」
幼いころからお菓子づくりが好きで、小学生の頃はレシピ本ばかり借りていたという成田さん。自分の感覚と味覚を頼りに、作って食べて、分量を変えてまた作る――そんな地道な試作を繰り返し、理想の味へとたどり着いた。
“おいしい”を見極める確かな感性を持つ成田さんだからこそ生まれた「羊羹チーズケーキ」。その味わいには、想いと努力がしっかりと溶け込んでいると感じた。
④分かりにくさが生む価値
御八 あんやなぎは、商店街の中でも特に分かりにくい場所にある。階段を上がって2階に位置し、ふらっと通りがかりに立ち寄るようなお店ではない。しかし、成田さんはこの立地を弱みではなく強みとして捉えている。
「お店の強みは、弱みでもある“立地”だと思います。本当にわかりにくい場所ですけど、今の時代って、集客に場所はあまり関係ないなと思うんです。自分自身も、気になるお店があれば調べて、わざわざ行きますから。」
この“わかりにくさ”こそが、あんやなぎらしさを際立たせる要素にもなっている。
「例えばこのお店が大通り沿いにあったら『あそこね!知ってるよ』みたい感じになると思うんですが、でも、『どこにあるの?』って言われるような場所だからこそ、知っている人の価値が上がる。紹介したくなるし、特別感が生まれると考えています。羊羹チーズケーキやカヌレも、『何それ?』って思われることで、より印象に残る。そこが魅力だと思っています。」
実際、この戦略は功を奏している隠れ家的な雰囲気に惹かれた人が、まるで秘密の場所を見つけたように友人を連れて訪れる。そんな口コミで、ゆっくりと人気が広がっている。
「通りがかりの人をターゲットにしていないので、ふらっと入るには少しハードルが高いお店だと思います。自分でも多分入らないです(笑)。でも、調べてわざわざ来てくださる方がいる。それがすごく嬉しいです。」
さらに、柳ケ瀬という地域自体も変化の時を迎えている。高島屋の閉店とともに“日本一のシャッター街”と呼ばれた時期もあった柳ヶ瀬だが、今ではその個性を生かした新しい店が次々と誕生している。成田さんもその一人として、地域の活性化に貢献している。
⑤岐阜の銘菓を目指して
成田さんの目標は明確だ。岐阜の銘菓として認知されることを目指している。
「今はオンライン販売にも力を入れていますが、最終的には“岐阜といえばあんやなぎ”と言ってもらえるような銘菓になるのが目標です。例えば、川上屋さんとか、ツバメヤさん、弁天堂さんって聞くと安心感がありますよね。そういう存在になりたいんです。」
まだ知名度はそれほど高くないが、それも成田さんにとっては想定内のこと。むしろ「知られていないこと」に価値があると考えているという。
「今はまだ『羊羹チーズケーキ?なにそれ?』っていうところから入ってもらう段階です。でも、食べてみておいしいと思ってもらえたら、贈る人の価値も上がると思うんです。そんなふうに少しずつ広がっていけばいいなと思っています。」
テレビで紹介されたことをきっかけに、愛知や三重など県外から訪れるお客様も増えている。頻繁に来られない県外の客にはオンラインショップを活用してもらい、やがて全国へとその輪を広げていく構想も描いている。
「これからの時代を考えると、やっぱり店舗よりもオンラインの流れになるとは思います。でも、お店自体はずっとここにあり続けたい。多店舗展開とか拡大というより、“岐阜の銘菓”として根付くことを目指しています。」
一方で、今の課題は新しいお客さんとの出会い。どれだけおいしいお菓子を作っても、届ける相手がいなければ意味がない。季節ごとの商品づくりなど、まだまだ挑戦の途中だと語るが、その表情は明るく前向きだ。
ギフトや手土産を探している方は、ぜひ「御八 あんやなぎ」を訪れてみてほしい。
隠れ家のような落ち着いた空間で味わう和洋折衷のスイーツは、贈る人にも贈られる人にも、きっと特別なひとときを届けてくれるはずだ。
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