DX推進とマーケットイン戦略で切り拓く「ミズタニバルブ工業株式会社」を訪ねてみた。
住宅用を中心に水栓金具の開発、製造、販売を一貫して行う企業である。創業70年を超える老舗でありながら、デジタル技術やマーケティングに積極的に投資し、挑戦的な姿勢を貫いている。今回は、この革新を牽引する、代表取締役社長の水谷 真也(みずたに しんや)様にお話をうかがった。
- 自主性が生む「変化は日常」の文化
- 「マーケットイン」への転換とデジタルの内製化
- ナンバー3を育成する「ボトムアップ」経営
- 「攻めの姿勢」で地域と未来を創る
①自主性が生む「変化は日常」の文化
岐阜県山県市に本社を構えるミズタニバルブ工業株式会社は、創業以来70年以上にわたり、「水を出し、水を止める」という水栓の基本的な「製品価値」を提供し続けてきた。近年では、「お客様の心をhappyにする体験価値」を追求し、デジタル推進室やマーケティング室の新設、生成AIの内製化にも着手するなど、その挑戦的な姿勢は国内製造業の中でもひときわ目を引く存在だ。
創業70年以上にわたる老舗メーカーが、なぜこれほどまでに新しいことに挑戦し続けられるのだろうか。
ミズタニバルブ工業の最も特徴的な企業風土は、「自主性」の徹底にある。一般的に、中小企業では専門的な業務は外部に委託やトップダウンで進められることが多い。しかし、同社ではデジタル化やマーケティングといった新しい取り組みのほとんどが、社員が自ら名乗りを上げることでスタートしている。
デジタル推進室の発足、マーケティング室の創設、そしてRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション:定型業務を自動化する仕組み)の導入プロジェクトまで、全ては「やってみたい」と手を挙げたメンバーの熱意から始まったという。
「社員が『やってみたい!』という強い気持ちを持つことが最も大切だと感じています。その気持ちがあれば、成功への道筋を見つけやすくなると思います。誰かに『やらされている』という感覚ではなく、『自分で率先してやっている』という実感が非常に重要だと考えています。」
この主体性を生み出す源泉となっているのが、トヨタ生産方式の「カイゼン」活動である。同社は14年にもわたりこの活動を継続しており、その対象は製造現場だけに留まらない。経理、開発、営業、総務と、会社全体で取り組んでいる。
「毎日、毎朝8時半から9時までの30分間は、全員がカイゼン活動を行います。それぞれの部署で全員が動くので、毎日どこかに変化が起こるのを肌で感じています。自分たちも変えているし、変わっていくのを見ているので、変化することは、うちの中では当たり前の日常なんです。この前向きな雰囲気を社内に醸成できたことが、挑戦し続ける大きな土台になっています。」
カイゼンによって「変わること」が日常となり、変化を歓迎するマインドが根付いたことが、デジタル化やマーケットインへの挑戦といった新しい取り組みを積極的に行う土壌を築いているのだ。水谷社長が考える組織運営の鍵は、年齢やスキルではなく、この「変化を受け入れる風土」にある。
②「マーケットイン」への転換とデジタルの内製化
ミズタニバルブ工業は、創業以来、自社の技術や作りたいものから製品を生み出す「プロダクトアウト型」開発を主としてきた。しかし、市場が成熟した現在、そのスタイルは転換期を迎えていると語る。
「今までは、会社が作りたいものを作る、あるいは会社の技術を活かした商品開発をするというプロダクトアウト型の開発をやってきました。しかし、それだけでは今のお客様には響きません。やはり、お客様のお困りごとやニーズを解決する『マーケットイン』型の開発に舵を切る必要があるという結論に至りました。」
この認識から、市場と顧客を深く理解するためのマーケティング室が2年前に創設された。そして、営業、開発、マーケティングの三位一体となって初めて生み出されたマーケットイン型商品が、泡とミストで手を洗う手洗器『AWAMIST(アワミスト)』である。

さらに同社が注力するのが、デジタル技術の推進だ。特に生成AIに関しては、「ミズタニバルブAI」を開発中だという。デジタルの推進にあたり、外部のシステム会社に頼るのではなく、あくまで内製化にこだわる。
「外部のシステム会社は、システムのプロであって、私たちの仕事のプロではありません。そうなると、そこに齟齬が生まれる可能性があります。コミュニケーションのずれから追加開発で時間やコストがかかるリスクも考えられます。今の時代に、あえてアウトソースするよりも、自分たちで構築する方が迅速かつ柔軟に対応できると判断しました。」
当初、社長はプログラミングを使用しない、ノーコードでの開発を指示していた。しかし、外部へのデジタルスキル提供という目標を掲げたメンバーからの指摘を受け、方針を転換。現在はプログラミングも使用し、複数人での開発体制を構築している。
このデジタル化への積極的な取り組みの裏側には、単なる効率化だけでなく、「情報開示と透明性」を高めることで、将来的に設計が自動化されるであろう建設業界に対し、信頼できるサプライヤーとして選ばれる未来を見据えた戦略がある。
③ナンバー3を育成する「ボトムアップ」経営
ミズタニバルブ工業の経営の根幹にあるのは、徹底した「人」へのフォーカスである。
水谷社長は「社長が偉いわけではない」という幼少期の教えを胸に、トップダウンではなく、メンバーが主体性を持てる組織づくりを推進している。それは、いずれトップがいなくなっても会社が揺らがないようにするためだ。
「ナンバー2は一人しかいませんが、ナンバー3のポジションをたくさん育てることで、組織の安定性が増し、多様な視点も生まれます。ですから、中核を担うメンバーを積極的に育成し、各メンバーが自立して責任を持てる体制づくりを始めました。」
ナンバー2ではなく、自立した責任感と能力を持つナンバー3を複数人育成することで、組織の安定性と多角的な発展を目指している。その人材育成において最も重んじるのが「人間力」である。技術やスキルよりも、人間性、考え方、そしてチームのムードを高める力を評価する。
この人間力は、評価システムにも組み込まれている。毎月の360度評価で人間力を客観的にチェックし、高めていくための行動を促す。また、独自の給与体系も「人」への期待を反映している。
「給与は、未来に対する『期待値』だと考えています。新入社員にいきなり高水準の金額を払うのは、その子たちの成長への期待があるからです。そして、人間性が優れている方が、結果的に仕事を成功に導ける可能性が高いと考えているので、このような仕組みにしました。」
給与は人間力と可能性に連動させ、賞与は実績評価に連動させることで、従業員とその家族の生活を守りながら、挑戦を促す仕組みを構築している。この人間力重視の教育は、社内の協力体制にも如実に表れている。
製造業でよくある「営業 vs 製造」の対立は、同社には見られない。「お客様に本当に喜んでもらえるか」という共通のパーパスのもと、製造部も「在庫がなくても当日出荷を実現する」という誇りを持ち、営業の依頼にも協力的だという。
④「攻めの姿勢」で地域と未来を創る
水谷社長は経営者として、「楽しむこと」を最も大切にしているという。景気や為替といった自分では変えられないことに思い悩むのではなく、コントロール下にあるもの、つまり自分の行動や社内のことに全集中する。
「経営者は、明るく元気で、常に前向きな姿勢を持っているべきだと考えています。トップの不安な雰囲気がメンバーに伝播してしまうことを避けたいからです。だから、いつも明るくニコニコ元気で、気合十分で毎日を過ごすように心がけています。」
この明るさは、幼少期に自作の工作で父親が「心から喜んでくれた」という原体験から生まれる「人を楽しませる」ことへの喜びが根源となっている。そして、ものづくりを担う経営者として、水谷社長は日本の製造業に対して厳しい視点を持つ。
「いつまでも『日本がナンバーワン』と慢心していてはいけないと考えています。『私たちは常に挑戦者である』という意識を持つことが、持続的な成長には不可欠だと考えます。日本の技術やものづくりが世界一だという幻想に囚われるのではなく、『では、これから世界の中でどう勝ち上がっていくのか?』と考える方が、前向きな行動につながります。」
日本の技術はすでに世界では下の順位に下がっているという認識を持つことで、初めて守りではなく「攻めの姿勢」に転じられると説く。
また、水谷社長が追求したい目標は、事業規模の拡大ではない。
「私にとっての経営の軸は、従業員が安心して働き続けられる環境をつくることです。その結果として給与が上がり、会社が安定していくのであれば、事業規模の大小にはこだわっていません。地域の皆さまに必要とされ、喜んでいただける企業であり続けることが、私の目指す経営のかたちです。」
従業員とその家族の幸せを守り、地域経済に貢献すること。その実現のために、「論語(人間力)」と「算盤(数字)」の教育に邁進し、次世代を担うナンバー3を育て続けている。
ミズタニバルブ工業は、新しい技術を追いかけるだけの企業ではない。彼らの挑戦の根底にあるのは、創業以来受け継がれてきた「すべての人への感謝」の念と、「人を楽しませたい」という純粋な原動力である。「変わることを恐れない」企業文化と、従業員を「人」として成長させる教育が、岐阜の地で独自の輝きを放っている。
「水を出し、水を止める」製品から、「あなたで本当に良かった」と笑顔にさせる体験へと価値を高めるミズタニバルブ工業の挑戦は、日本の製造業の未来を照らす一つの灯火となっているだろう。今後のさらなる飛躍に注目したい。
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