伝統の「枡」で日本文化を世界へ届ける「大橋量器」を訪ねてみた。
1300年以上の歴史を持つ枡(ます)作りの伝統を受け継ぎ、現代のライフスタイルに合わせた新しい枡の形を提案し続けている工房だ。今回は代表取締役の大橋 博行(おおはし ひろゆき)さんに、枡作りへの想い、事業を継いだ経緯、そして未来への展望などを伺った。
- 「やりたくなかった」から始まった、3代目の覚悟
- 伝統を「価値」へと変えた視点の転換
- 危機を救った社員の主体性と「COBITSU」の誕生
- 素材としての「檜」と循環する山への想い
①「やりたくなかった」から始まった、3代目の覚悟
大橋量器は、枡(ます)の生産量で全国有数のシェアを誇る、岐阜県大垣市の枡専門メーカーだ。2025年時点の情報によると、大垣市全体で全国シェア約80%を占め、その中で大橋量器が主要な役割を担っている。
1300年以上の長きにわたり、「米」を計量することで日本経済を計る重要な役割を担ってきた枡(ます)。かつての日本において、米は経済の基盤であり、それを正確に量る枡は社会の根幹を支える道具だったといえる。この伝統を守るだけでなく、新しい文化の創造に挑んでいる企業なのだ。
長年の歴史で確立された枡作りの技術に、現代のデザイナーやアーティストの創造力を掛け合わせることで、現代のライフスタイルに合う「酒器」や「インテリア」として枡を再構築している。
しかし社長の大橋さんは、最初から家業を継ぐことに意欲的だったわけではなかったという。大学卒業後は成長著しいコンピューター業界に身を置き、営業職としてキャリアをスタートしている。
「4人兄弟の長男として、周囲からは家業を継ぐことを期待されていたのですが、その事実をあえて忘れたふりをして過ごしていました。」
しかし、転機は結婚という人生の節目に訪れる。父親から「所帯を持つなら、家業をやってはどうか」と提案されたのだ。
「いずれは家を継ぐことになるなら、時期が少し早くなってもいいかもしれないと思いました。」
そう決意した大橋さんは、結婚から1年半後、家業である大橋量器へと足を踏み入れた。
「前職はIT業界で働いていたこともあり、当時は正直なところ、家業に対して「少し時代遅れなのではないか」と感じていました。毎日同じものを作り、同じ工程を繰り返す仕事に、なかなか魅力を見いだせず、仕事への意欲も高まらなかったのが本音です。」
最初は現場での一作業員として、木を切るところから組み立てまで、あらゆる工程を経験した。大橋さんが次に向き合うことになったのが、「品質」という大きなテーマだった。
「このままでは続いていかない。品質を高めていかなければ、先はないと感じました。」
そうした気づきと覚悟を胸に、大橋さんは品質向上に力を注ぐ日々を重ねていく。その一歩一歩が、結果として経営者としての歩みの始まりとなっていった。
② 伝統を「価値」へと変えた視点の転換
「子どもの頃から身の回りにあった枡は、当時の自分にとっては、どこか古く感じる存在でした。」
そう話す大橋さん。その意識が少しずつ変わり始めたのは、自らが手がけているものに込められた「歴史の積み重ね」に目を向けるようになってからだったという。1300年という長い年月をかけて受け継がれてきた文化。その一端を担っているという事実に触れるうちに、枡は次第に「価値あるもの」へと姿を変えていった。
「最初は、枡は時代遅れのものだと思っていました。でも、1300年という歴史そのものが、何よりの価値だと気づいたんです。これは、どれだけ努力しても、どれだけお金をかけても、今から新しく生み出せるものではありません。」
そうした気づきは、やがて大橋さんの中に静かな責任感を芽生えさせた。
「この歴史を自分の代で途切れさせてはいけない。次の世代へとつないでいく役割が、自分にはあるのだと気づきました。」
その想いを原動力に、大橋量器では、昔ながらの枡づくりにとどまらず、現代の暮らしに寄り添う新しい商品開発にも取り組んでいる。ビールを楽しむための枡ジョッキやウイスキーグラス、さらにはコーヒーを淹れるための枡など、枡の可能性を広げるアイテムが次々と生まれている。
こうした取り組みは、少しずつお客様の層にも変化をもたらした。なかでも、大橋さんにとって印象的だったのが、女性からの反応だったという。
「『かわいい』と言っていただけることが増えたんです。その言葉を聞いて、時代との距離が少し縮まったように感じました。」
かつては「古臭い」と感じていた枡が、今では「価値あるもの」として受け止められている。その視点の変化こそが、伝統を守りながら未来へとつないでいく、大きな力になっている。
③危機を救った社員の主体性と「COBITSU」の誕生
会社を継いでから、さまざまな困難を乗り越えて来た大橋さん。中でも大きな危機だったのがコロナ禍だ。その窮地を救ったのは、自ら考え、動き出した社員だった。「YouTubeでの発信」など、デジタルを活用した新しい試みを社員が主導してくれたのだ。
その時期に生まれたヒット商品が、冷凍ご飯を美味しく温め直せる枡の器「COBITSU(こびつ)」だ。
忙しい現代人のライフスタイルに寄り添い、冷凍ご飯特有のベタつきやパサつきを解消して、贅沢な食卓のひとときを提供する商品だ。檜(ひのき)がご飯の余分な蒸気を吸収し、時間が経つと水分を放出するため、ご飯の湿度を最適に保つ。これにより、ベタつかず、かつパサつかない、もっちりとした食感を実現しているのだ。
「実際にレンジで温めてみると、炊きたてよりも美味しいのではないかと感じます。旅館の朝ごはんのような感覚が味わえるんです。」
電子レンジで温める際、檜が吸収していた水分が蒸気となって放出され、内部に行き渡る。本体と蓋の隙間から適度に熱が逃げることで、まるで蒸し器で蒸し上げたような、ふっくらつやつやの状態に温めることができるのだ。
この商品は、TVなどさまざまなメディアで紹介された。そしてコロナ禍で沈み込んでいた同社にとって、再び前を向くための大きな原動力となった。
大橋量器は外部の若い才能とのコラボレーションにも積極的だ。インターンシップ制度を通じて学生を受け入れたり、デザイン系の大学と協力して新しいアイデアを形にしたりしている。
「うちはあまり大きな会社ではありませんが、それでもやりたいことに挑戦できるようにしています。そんな風土に惹かれて入社してくれる子もいるんですよ。」
大橋さんは、自社の文化を「挑戦できる場所」として育んでいる。
④素材としての「檜」と循環する山への想い
大橋量器が使う素材は、一貫して日本産の檜だ。檜は世界最古の木造建築である法隆寺にも使われるほど耐久性が高く、独特の香りが魅力。
しかし大橋さんが檜にこだわる理由は、その特性だけではない。そこには、日本の山を守るという「循環」への想いがある。
「木は切って使わないと、山がどんどん枯れていきます。木が切られないと密集しすぎてしまい日光が入らなくなってしまい、健全な森林が育たなくなってしまうんです。なので適切な量の木を切って使って、また植林する。この循環をさせることが、地域や環境を作ることだと考えています。」
大橋量器では、建築材の端材なども積極的に活用し、林業の活性化にも寄与している。
「檜には、たくさんの魅力があります。手に取ったときのあたたかみや、やさしい風合い。そうした良さを、できるだけ多くの方に感じていただけたら嬉しいですね。」
さて、枡を日常で使う際、気になるのがお手入れだ。大橋さんは「木は馴染んでいくもの」だと語る。
「作りたての檜は水を急激に吸い、膨張して壊れやすい状態にあります。そのため、使い始めに「水にドボンとつけ置き」するのは厳禁です。短時間のすすぎ洗いを繰り返すことで、徐々に木が水に慣れ、壊れにくくなっていくんです。」
また、枡の構造上、木の繊維が露出している「切り口(木口)」の部分は、ストローのように水を吸い込みやすい性質がある。外側はなるべく濡らさず、内側をサッと洗うのが、長く美しく使う秘訣だそうだ。
「水に馴染みながら、少しずつ強くなっていくその様子は、どこか生き物を育てているような感覚にも近いですね。」
大橋さんは、枡を使うことの醍醐味をそう表現する。現在の課題は大きく2つある。1つは、職人たちが誇りを持って働ける現場作り。もう1つは後継者の不在だ。
「作り手である職人さんたちが、忙しさに追われて疲れ切ってしまうのではなく、仕事そのものを楽しみながら、誇りを持って働ける工場でありたいと考えています。」
最後に、今後の展望について尋ねてみた。
「世界中で「枡があるとかっこいい」と言われるような文化を広めることを目指しています。その一歩が、フランスで開催される展示会「メゾン・エ・オブジェ」への出展です。「世界に愛される枡」への挑戦をこれからも続けていきたいです。」
大橋さんは家業を継いでからの数十年間で、枡という伝統工芸品を「人々の生活を彩る文化」へと昇華させてきた。
伝統とは、形を変えずに守ることではない。時代に合わせてその形を柔軟に変えながら、本質である「素材の良さ」と「使う人の喜び」を伝え続けていくこと。大橋量器の挑戦は、これからも岐阜県大垣市の地から、世界へと広がっていくに違いない。
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