タネ採りをして作物を代々育てていく「nekko farm」を訪ねてみた。
自分たちの畑と手でタネ採りをして、代々作物を育てている農家さんだ。本日はnekko farmの吉田叡司(よしだ えいじ)さんにじっくり畑作りのお話を伺うことができた。
- 農業を始めたきっかけ
- nekko farmこだわりの「タネ採り」
- 温暖化社会にも対応していく
- タネ採りはライフワーク
- 今後の目標は?
①農業を始めたきっかけ
まずは吉田さんに、農業を始めたきっかけを尋ねてみた。吉田さんは農家の生まれでもなければ農業を学ぶ学生でもなかったという。吉田さんがnekko farmを始めた理由と、事業名の由来を伺った。
「僕自身、農業を始めるまではずっと会社員をやっていました。普通にサラリーマンで営業をやっていて、結構転職も繰り返してで、もうプラプラプラプラと、足がつかない生活をしていて。でも垂井に来て、プラプラしていくのはもうやめてここで根を下ろそうっていう意味で、もう家もドンと構えて畑を始めました。nekko farmという名前にしたのは、自分自身の根っこだぞっていう意味が一番強いですかね。根っこは地下から水を吸うために必要で、自分の体を支えるために必要なものです。そういった部分を大切にしていきたいなっていうことで、nekko farmと名付けました。」
卒業後に一度、日給月給で酒造の仕事をしていた吉田さん。しかし友人の安定した給与を見て企業で就職し営業として勤めることを決意した。営業マンとしての毎日を経て、自分の性分に合うものを求め垂井へきて、家を建てて畑を始めた。
家づくりをしていた頃のことを吉田さんはこう語る。
「ほんとカリカリのわかめ。増えるわかめみたいな感じです。カリカリのわかめが水にポンと入れたらフワーってなったみたいに一気に、本当にどん底からのこの上がり方がもう凄かったんです。やっぱりなんか僕のベースにあるのはシンプルに衣食住なんですよね。結局、人間が生きていく上で必要なもので、お金っていうものを除けば結局着るもんと食うもんと住むところがあれば、まあ生きていけるじゃないですか(笑)。中でも僕にとって一番なのが食べることです。食べることには昔からすごく執着が強かった。だからその食の原点って何かな?って考えたら米と野菜があれば、それを自分で生み出すことができれば最強じゃんって思ったんです。」
自分自身と、自身の生き方についてを見つめ直した時期だったのだろう。当時のことを語る吉田さんは、とてもエネルギーに満ちていた。
②nekko farmこだわりの「タネ採り」
nekko farmでは、植えて育って採れた種をまた植えるという循環をずっと行っている。それがどれだけ特別で興味深いことか、吉田さんは門外漢の筆者にもわかるよう丁寧に解説してくれた。
「僕が扱っている種は、固定種とか在来種って呼ばれるものです。他に対になるF1っていう種があります。だいたい一般的に、ホームセンターとかで売られているような種はF1なんですよ。F1種を平たく言えば、人間が人為的に掛け合わせて作ってる種なんですよね。それに対して在来種は、岐阜県で言えば岐阜県で昔からよく受け継がれてきてる在来の野菜。固定種っていうのは多分元々のスタートはF1なんですけど、それをある奇特な面白い方がこの野菜美味しいからって何年も何十年も掛け合わせ続けていくと最終的には固定化されてくる。その野菜のオンリーワンになったものが固定種です。固定種も在来種もどちらにも言えるのは、タネ採りをするとAという親から必ずAダッシュが採れるという事。本当にその親の特性を引き継いだ野菜が出てきます。対してF1種っていうのは元々が掛け合わせなので、Aという母親とBという父親から出てくる子として何が出てくるかが分からない。Aダッシュが出るかBダッシュが出るかみたい感じになりますね。」
理科科目で習うメンデルの法則を体感するように教えてくださった吉田さん。まさに老舗料理店の継ぎ足しのタレみたいな感じですねと尋ねたところ、「その通りです」と仰った。
「種も生き物なので、人間と同じようにDNAが受け継がれます。ここの種は、垂井町の、僕のnekko farmの畑の情報を、種が全部記憶するんですよね。今年のこの暑い気候とか。水が少ないとか。虫に食われたとか。風の感覚とか。そういったのを種が全部記憶して次の子どもに繋いでいく。だから毎年アップグレードされていくんですよ。」
nekko farmでとれた種をnekko farmで植え、収穫するということは垂井でnekko farmの、しかもここにしかない品種の野菜ということになるんだそうだ。nekko farmと同じやり方でタネ採りをしている農家さんがあったとしても、その野菜はそこの農家さんにしかない。まさにオンリーワンの作物が実るのだという。
「垂井でnekko farmがやってきた今までのこの5年間という積み上げ。それこそが僕のサービスであり、強みかなと思っています。だから競争をするつもりがないんですよ。結局競争する相手がいるようでいないから、自分がやってることそのものが自分のブランドだと思っています。」
自信たっぷりに、そして野菜たちへの愛情たっぷりに、その心境を語ってくれた。そこの土地に順応してインプットされたものを合わせて育っている野菜たちは、もし遺伝子レベルで調べていけば確実に同じものはないというわけだ。遺伝子レベルの調査について吉田さんは「いつかやってみたいな」と答えた。
③温暖化社会にも対応していく
吉田さんはひとりでかなり大きな畑を管理されてる。水やりはとても大変なのではないかと思ったが、なんと水やりはしないのが吉田さん流。
野菜たちは自然の雨を頼りにして、情報を記憶しながら逞しく美味しく育つのだそうだ。nekko farmの種たちと急変する地球環境について吉田さんはこう語る。
「最近は地球温暖化とかって言われていますよね。僕がnekko farmを始めてからのたった5年の間でも夏の暑さはどんどん厳しくなっている気がします。本当に将来、5年後、10年後とかに、もっともっと環境が悪化していったとしても、種さえ採り続けていればそれを記憶していくんで、無敵やん?って思っています。種が強くなってくるんです。人間が野菜作物を育てるっていうのはおこがましいなと最近すごく思っていて。“野菜を育ててます“とかって言うけど、いや育ててるんじゃなくて、人間がやってるのは野菜たちのサポートっていうか、手助けだけであって、野菜は自身の力で育ってくれてるわけなんですよね。」
植物や種の力をひしひしと感じるお話だった。
④タネ採りはライフワーク
年単位で挑戦を重ねながら、ひとりで畑を管理する吉田さん。どれだけ大変なのだろうとその苦労を想像してしまったが、吉田さんにとってnekko farmの野菜達のお世話は「仕事」ではなく、「生活の一部」なのだそうだ。
朝が早いイメージの畑仕事。毎日のルーティンを伺った。
「朝は毎日3時起きです。でも動き出しは遅くて、すぐに畑に出るわけではないんですよ。今年から勝手に取り入れた習慣があって、朝3時に起きてまず洗濯機を回します。その間に毎朝ミル挽きしてドリップしたコーヒーを外で飲みながら目覚めの時間を作ります。今日何しようかなみたいな感じで過ごしています。洗濯が終わったら洗濯物を干します。そうこうするうちにだいたい5時とかになりますね。2時間くらいあればだいぶ目が覚めてくるので、そこから動き出しです。」
生活の一部となっている畑のお世話。仕事を生活の一部として見ようと思い立ったのは本当に最近のことだという。
「今まで、家のことと農業は完全に切り離しちゃって考えてたんですよ。お仕事っていう形で認識していました。その境界をなくして、これはもう全部が僕の日常の営みなんだっていう風に考えようと今年に入って急激に思いました。今はその感覚になってますね。」
お話を聞いていると、とてものどかな雰囲気を共有させてもらうことができた。しあわせそうに畑を管理される吉田さんの野菜が美味しいわけがよく理解できる内容だ。
「僕の農業についてもだんだんそういう思いになってきました。本当に大変!よりも、そういうものだからねって。今年も夏はとても暑かったけれどそれを大変かって言われると、いやいや夏だからね~みたいな。冬は寒くて大変だねって言われても、いやあ冬だからねっていう感じですね。5年やってきてようやく自分の心のコントロールができるようになってきて、大変だって思うことが少なくなってきたのが正直なところです。」
⑤今後の目標は?
最後に、農業を通しての吉田さんの今後の目標を伺った。
「ひとりでやる農業には限界があります。5年やってきたからこそ限界点が見えてきたのかもしれないですが、僕も歳をとっていくので、20代や30代の若手農業者を誘致していきたいなっていうのが今、僕が考えてる目標ですかね。その上で、みんなが自給自足できる生活の基盤作りをしていけたらいいなと思っています。」
みんなが自給自足できる生活の基盤作り、という素敵な言葉を聞かせていただくことができた。農業を知り、お米や野菜を知り、自分自身を見つめ直した吉田さん。取材中、吉田さんはずっと笑顔で楽しそうだった。
「農業に全力で取り組む」という言葉を耳にする事がある。とても素晴らしい事だ。しかし吉田さんは、自分も大変な経験をされてきたからこそ「農業を楽しむ」ということを大切にされている感じだった。
無理に自然と争わず、自然を受け入れて共存しているnekko farmのお米や野菜たち。絶対に美味しい事間違いなしのnekko farmの作物をこれからもたくさんの人達に届けてほしい。
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