100年の伝統を「食」にのせて。心と体を育む「MUMCRANE.」を訪ねてみた。
家業の歴史を背負いながら、現代の食卓へ「安心」を届けるため、挑戦を続けている。今回は、谷重 早侑利(たにしげ さゆり)様にお話をうかがった。
- 家業の背中から学んだ、商いの原点
- 家族への想いから生まれた「十穀らーめん」
- 地域をつなぎ、次世代の笑顔を育む循環
- 岐阜の恵みを携え、世界中の食卓へ
①家業の背中から学んだ、商いの原点
岐阜の地で100年続いた足袋メーカー「菊鶴足袋」。その歴史の灯を絶やすことなく、形を変えて現代に灯し続けているのが、谷重さんだ。長きにわたり商いを守り抜いた祖父や父の背中を見て育った彼女の記憶にあるのは、ひたむきに仕事と向き合う姿勢と、共に働く人々やお客様を大切に思う誠実な姿だった。
「家族が大切に守ってきた仕事ぶりを見ていて感じたのは、相手を深く思いやる心でした。誠実な対話を積み重ねることで信頼が育まれ、心地よい関係性が生まれるのだと学びました。100年という月日の中で先代たちが紡いできた『日本の良さ』。形は変わっても、その精神を何らかの形で次世代へ繋いでいきたい。それが私の活動の根底にあります。」
時代の変遷とともに、繊維産業を以前と同じ形で維持することは難しくなった。しかし、谷重さんはその志を諦めることはなく「食」へと託した。足袋が人々の歩みを足元から支えたように、現代人の健やかな毎日を食から支えたい。「繊維」から「食」へ、扱う素材は変わっても、谷重さんが見つめているのは常に、それを受け取る人々の健やかな笑顔である。
伝統とは守るだけでなく、時代のニーズに合わせて新しい価値として再生させていくもの。岐阜の伝統を現代のライフスタイルへと繋ぐ、確かな架け橋としての歩みが始まった。社名の「MUMCRANE.(マムクレイン)」には、家業の象徴である菊(マム)と鶴(クレイン)に加え、母(マム)のような温かさで社会に寄り添いたいという決意が込められている。
②家族への想いから生まれた「十穀らーめん」
看板商品である「十穀らーめん」の開発背景には、一人の母としての切実な想いがある。転機は、社会全体が大きな不安に包まれた新型コロナウイルスの流行だった。都会で自炊をしながら学ぶ娘を案じる中で、谷重さんは現代の若者が直面する食生活の課題を実感する。
限られた調理環境や多忙な日々の中で、栄養バランスを整えることの難しさ。それは、かつて自身が子育ての中で経験した、心身の健康を育む食事の大切さを再認識するきっかけにもなった。谷重さんは、自らの経験が誰かの助けになるのではないかと、具体的なアクションを起こし始めたのである。
「心身の健康を育む基礎となるのは、日々の食事です。娘の体調を気遣い野菜を送りましたが、一人暮らしという環境では使い切る前に傷ませてしまうこともありました。それなら、お湯を注ぐだけで手軽に食べられて、かつ安心できる素材だけで作ったものがあれば、多くの人の力になれるのではないか。そう考えたのが開発のきっかけでした。」
この想いは、地域の農業が抱える課題とも結びついた。農家を訪ね歩く中で出会った、味は一級品ながら形などの理由で規格外となってしまう野菜。谷重さんは、それらを「乾燥野菜」として活用することで、素材の旨味を凝縮させつつ、長期保存が可能な商品へと形を変えた。岐阜の老舗メーカーが手掛ける国産小麦の麺と、植物性原料のみで仕上げたスープ。多忙な日々を送る人々へ、心と体が喜ぶ一杯を届ける「十穀らーめん」はこうして誕生した。
切らない、洗わない、そして無駄にしない。この三拍子が揃った利便性と、一杯でしっかりと野菜を摂取できるこのラーメンは、多忙な現代人への優しさそのものだ。乾燥野菜は戻したときに出汁としての深みも増し、調味料に頼りすぎない自然な味わいを実現している。
また、乾燥野菜にすることで長期保存が可能となり、日常の食事としてだけでなく、もしもの時の「安心な備蓄」としての役割も果たしている。家族を想う親心が、社会の課題を解決する力強い商品へと形を変えた瞬間であった。これは、子育ての中で自然の恵みを大切にしてきた谷重さんだからこそ辿り着いた、「家庭の味」のひとつの完成形といえるだろう。
③地域をつなぎ、次世代の笑顔を育む循環
谷重さんの活動は、商品の販売だけに留まらない。彼女が真に目指しているのは、食を通じて生まれる「社会の温かな循環」である。地域の農家から預かった大切な野菜を、乾燥・袋詰めの工程で障がい者就労支援施設へと繋ぐ「農福連携」の仕組みを大切にしている。これは、生産者も加工者も、そして消費者も、関わるすべての人が喜びを感じられる持続可能なモデルの構築を意味している。
「今の若い世代の方々は、コロナ禍の影響もあり、対面で人と関わる機会が限られてきました。ですが、実際にマルシェの店頭に立ち、自分たちの言葉で商品の魅力を伝える経験をすると、驚くほど表情が明るく、豊かになっていくんです。そんな彼らの成長や、前向きな変化を感じられることが、私にとって何よりの喜びであり、この仕事を続ける大きな理由になっています。」
地元の高校生をマルシェの運営に招き入れる活動も、その一環である。単に商品を売るだけでなく、地域社会の一員として他者と関わり、感謝される喜びを知る。谷重さんは、その機会を提供することこそが、未来を担う世代への贈り物だと考えている。実際に活動へ参加した学生から、前向きな進路への報告が届くこともあり、そのたびに谷重さんは人と人が支え合う力の大きさを実感している。
効率や利便性だけを優先するのではなく、一人ひとりの顔が見える繋がりを丁寧につむぐこと。そこには、かつての家業が従業員を大切にしていた精神が色濃く反映されている。谷重さんのもとには、その情熱に共感する人々が自然と集まり、さらなる新しいアイディアやプロジェクトが生まれている。一人では成し得ないことも、志を同じくする仲間や地域と手を取り合うことで、より大きな価値へと育っていく。谷重さんはその中心で、確かな「循環の環」を広げ続けている。
④岐阜の恵みを携え、世界中の食卓へ
現在、マムクレインの活動は岐阜の枠を大きく越え、ホテルニューオータニで開催された「おいしい博覧会」への参加や、農水省の「ニッポンフードシフト」への参画など、国内外から注目を集めるステージで、岐阜の食の可能性を発信している。さらに、国籍や宗教、文化の違いに関わらず、誰もが安心して同じ食卓を囲めるよう「食の多様性」への配慮にも注力している。
谷重さんの視線の先には、常に「世界中の人々の健康」という大きなステージがある。
「まずはこの野菜たっぷりのラーメンを、全国、そして世界の方々に知っていただきたいと考えています。岐阜を訪れる海外の方が、日本のお土産としてこの一杯を手に取り、自国に帰ってからも日本の豊かな自然の恵みを感じてくださる。そんな架け橋のような存在になれたら、これほど嬉しいことはありません。食を通じて、日本の良さを世界へ発信していきたいです。」
100年前、足袋が人々の確かな歩みを支えたように、マムクレインの「十穀らーめん」は、世界中の人々の健やかな未来への歩みを支えようとしている。それは、岐阜という地域の個性を活かしながら、普遍的な「健康と笑顔」という価値を追求する旅でもある。
谷重さんは、農家、福祉施設、メーカー、そして消費者を、最適なかたちで繋ぎ合わせ、新しい価値を創造していく。その泥臭くも温かな挑戦が、今、多くの人々の心を動かしている。
一人の女性の情熱と親心から始まった小さな循環は、今、確かなうねりとなって岐阜から世界へ、そして次の100年へと紡がれ始めている。谷重さんが描く未来図は、単なるビジネスの成功ではなく、関わるすべての人が誇りを持って生きられる社会の実現だ。岐阜の豊かな土壌から生まれた一杯のラーメンが、いつか世界の食卓で当たり前のように親しまれる日を夢見て、彼女の挑戦はこれからも続いていく。
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