ちょっとした幸せを届けるパン屋さん「ブーランジェリー・アンプ」を訪ねてみた。





閑静な住宅街にたたずむ、温かみのあふれるパン屋さんだ。今回は店長の田中 伸尚(たなか のぶひさ)さんに、パンへの想いをうかがった。
- 木の温もりと香ばしい匂いに包まれて
- お客様の笑顔が見たくて独立を決意
- プログラマーからパン職人の道へ
- 常識にとらわれないパンづくりを独学で学ぶ
- お客様の願いをパンで形に
①木の温もりと香ばしい匂いに包まれて
木の扉を開け、「ブーランジェリー・アンプ」に一歩足を踏み入れると、フワッと焼きたてパンの香ばしい匂いに包まれる。壁や床、棚やテーブルなどにも木が使われていて、どこか懐かしい気持ちにさせてくれる。
田中さんに、店名の由来について尋ねてみた。
「ブーランジェリーもアンプも、フランス語なんです。Boulangerieは焼き立てのパン屋さん、unpeuは「ちょっとした」とか「ほんの少し」という意味です。うちのパンを食べて、お客様にホッとしていただきたい、ちょっと幸せな気持ちになっていただければいいなという意味を込めてこの名前にしています。ブーランジェリーは割とパン好きに知られている言葉ですが、アンプの方は、どういう意味ですか? とよく聞かれますね。」
天井に目を向けると、木でつくられた不思議な生き物たちが、お客様を見守っている。「耳が長いからウサギ」のような、パッと見てわかりやすいものではなく、かえって想像を掻き立てられる。
「この生き物たちは、開店したときにテーブルなどをつくってくれた方によるものです。大人より子どもの方が気づきやすいですね。「これは金魚かな?」「ペンギンじゃない?」「鳥かもね」って親子で想像をふくらませています。」
天井を通じて生まれる親子のコミュニケーション。このように店内にはたくさんちょっとした幸せが仕掛けられているのだ。
木にこだわったのは、オーナーの日比野みどりさん。子育てを終え、子どもが手を離れたタイミングでパン屋さんの立ち上げを思い立つ。そして「やりたいことをやればいい」とご主人にも背中を押してもらい、田中さんと一緒にブーランジェリー・アンプをオープンした。店内の木製品は職人さんにお願いしたものだけでなく、オーナーが自らDIYしたものもあるそうだ。

②お客様の笑顔が見たくて独立を決意
店長の田中さんとオーナーである日比野さんの出会いは、二人が以前に勤務していたパン屋さんだ。大きなパン屋さんでお給料も悪くなかったそうだが、お金よりも楽しくパン屋を経営したい、お客様の笑顔が見たいという信念のもと、独立した。
「こういうパンが良いよね、このパンはこうしたいよね、こうしたらもっとおいしくなるのではと、いつも二人の意見が一致しました。それなら一緒にやろうということになったのが、10年前の話です。」
そして2014年6月10日に開店したのが「ブーランジェリー・アンプ」なのだ。
パン屋の経営は難しい。2024年4月には「パン屋さん」の倒産が急増し年度最多を更新したとニュースで報じられた。
そのような状況の中、10年もやり続けられるのは、「国産小麦100%」をうたうブーランジェリー・アンプのパンを支持する常連さんがたくさんいるからだ。
「国産の小麦は外国産に比べて扱いづらい部分はありますが、風味と甘さが全然違います。常連さんは、なるべく身体に良いパンを食べたいと考えて、うちに来てくれます。毎日食べるものですからね。」
毎日食べるものだからこそ、ブーランジェリー・アンプのパンはリーズナブルに設定されている。マーガリンも使っていない。
お客様に証明するためにも、ブーランジェリー・アンプでは、実際に使っている小麦粉をお店に並べている。
ちなみに、大垣にお店を構えた理由は、大垣の水がおいしいことが決め手だったという。大垣は北からは揖斐川、東からは木曽川・長良川から流れてきて、自然にろ過された良質な地下水が豊富だ。しかも軟水なので、パンや料理をつくるのにピッタリなのだ。
また、大垣市内にはいくつか酒蔵がある。酒蔵があるというのも、おいしい水があることの証明なのだそう。小麦にも水にも徹底的にこだわっているのが、ブーランジェリー・アンプなのだ。

③プログラマーからパン職人の道へ
田中さんは、ずっとパン職人として働いていたのだろうか?
「実はパン職人になる前は名古屋でプログラマーの仕事をしていました。親戚がパン屋さんをしてはいましたが、私はパン屋をやるつもりは全くなかったんです。しかし体調を崩したことをきっかけに、プログラマーを辞めて、パン屋さんで働くようになりました。」
独立するまでに、どれくらい修行したのだろうか?
「学校に行ったり、有名店で修行とかはしていないんです。働いていたお店でしっかりと学ばせていただきました。見て覚えろ、やって覚えろという感じでした。それまで、パン生地の扱い方も知りませんでした。生地を休ませないといけないということすら知らなかったんです。」
田中さんは自分で必死に勉強し、ほぼ独学でパンづくりをマスターした。
「製粉会社が講習会をやっているんです。そこに足を運んで自分の知識と講師の先生の講習を照らし合わせたりしていました。目からウロコが落ちるようなことも多かったですね。」
田中さんは、講習会で学んだことを、わかりやすく噛み砕いて日比野さんに伝える。その内容から、日比野さんが新しいパンのアイディアを思いつくこともある。そして田中さんは、そのアイディアをパンという形にするのだ。そこから調整を重ねていき、完成までに1年かかるものもあるそうだ。
「たとえば食感はサクサク、中はフワフワ・モチモチのクロワッサン、バターはよつ葉バターでというオーダーに合わせて、パンをつくります。クロワッサンは折り方一つで味わいが変わります。折る回数を増やしすぎると、潰れてしまうことがあるので、そうならないように折り方を調整したりします。」
バターについても、猛暑などの影響で不足している。バターの確保にも苦労が絶えない。
「以前、よつ葉バターを切らしてしまったことがありました。やむなく別のバターを使ったのですが、常連さんには違いがわかっていました。それ以来よつ葉バターがなくならないように在庫を調整し、切らしてしまった日はクロワッサン自体を販売しないようにしています。」
普通の人はパンに使われているバターの違いになかなか気づかないだろう。パンを愛するからこその、厳しいファンに支えられているのだ。

④常識にとらわれないパンづくりを独学で学ぶ
オープンから10年以上たっているブーランジェリー・アンプだが、田中さんの挑戦はとどまることを知らない。
「試作品をオーナーや常連さんに食べてもらうことがありますが「美味しいけど、ちょっと違う」と反応がよくなかったときは、1か月間くらいそのパンをつくるのはストップします。期間を空けることで、「こうすればしっとりするんじゃないか」とか、新たなやり方を思いつくんです。」
そんなブーランジェリー・アンプの今後の展望は何だろうか?
「お店を広げたり、他店舗展開したりといったことは考えていません。よくお客様に言われるのが「ここの食パンを食べたら、もう他の食パンは食べられない」ということです。ですから、シンプルな食卓パンに特化していくことも考えています。」
ブーランジェリー・アンプの食パンは、甘さ控えめで、余分なものはなるべく入れない。全部食べてもらえるよう、耳の部分を極力薄くしている。シンプルだからこそ、毎日食べても飽きない味なのだ。
⑤お客様の願いをパンで形に
ブーランジェリー・アンプではお客様の要望に耳を傾けて、パンを改良している。
たとえばフランスパンといえばハードなパンの代表だが、「柔らかいフランスパン」という要望を受けたこともあるそう。
「フランスパンが好きな年配の方がいるんです。歯が弱って食べられなくなってしまったけど、あのシンプルな味が好きだって言われたので、つくることにしました。」
試行錯誤の末に、田中さんは柔らかいフランスパンを完成させた。お客様の反応はどうだったのだろうか?
「これ買います」とパンを購入してくださり、後日こういう風に食べましたと食べ方を教えてくれて、嬉しかったですね。」
また、あるときはバターや牛乳を使っていないパンをつくったそう。
「バターや牛乳が食べられないお子さんがいて、それらを使っていないパンはないのかと親御さんに聞かれました。パンを食べられない子どもが不憫で、何とか食べさせてあげたいと言われたんです。そこで豆乳と、豆乳バターでパンをつくってみたんです。ただ、最初はパサパサしてて、とても食べられる状態ではありませんでした。」
田中さんはあきらめずに、材料の配合を微調整し、納得いく豆乳パンを完成させた。お客様に伝えると、すごく喜ばれたという。
とても素晴らしい話だが、お客様の要望に応え続けるのは、大変ではないだろうか?
「大変ですが、他のお店の物真似ではなくて、お客様を喜ばせるようなものを出さないとだめだと思っています。ですから、お客様に笑顔で帰っていただけるよう、素材からこだわっています。お客様がどれにしようかなと悩んでいる顔や、どうやって食べようかと想像している顔が好きで、それを見てオーナーと二人でニコニコしています。」
お客様の「ちょっとした幸せ」が、田中さんと日比野さんの「ちょっとした幸せ」につながる。なんて素敵な連鎖なのだろうか。ブーランジェリー・アンプは今後も地域に根ざしたパン屋として、地域のお客様の健康と幸せに貢献していくことだろう。あなたもぜひ、愛情がこもったパンで、「ちょっとした幸せ」を感じてみてはいかがだろうか。

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