心地よい音楽とコーヒーの香りが織りなす空間「音香堂」を訪ねてみた。





音楽とコーヒーの香りを楽しむことをコンセプトに、2022年10月にオープンした音楽喫茶店だ。長年の夢を実現させた店主の田口将人(たぐち まさと)さんにお話をうかがった。
- 30年来の夢を実現した音楽喫茶店
- 「音香堂」の名前に込めた3つの想い
- お客様が主役の演奏空間
- 中高年の音楽愛好家と中学生の架け橋
- 趣味を大切にした持続可能な経営スタイル
①30年来の夢を実現した音楽喫茶店
音香堂がオープンしたのは2022年10月。その構想は30年以上前から温められてきた。
「20歳を過ぎた頃からずっと店を開きたいと思っていました。いつか店を開く時のために、グッズを箱から出さず実家で保存したり、ポスターやCD、レコードも傷まないよう大切に保管したり、ずっと準備してきたんです。」
店内に飾られた数々のコレクションは、まさに30年間の想いが詰まった宝物たちだ。現在店内にあるものでも全てではなく、田口さんの実家にはまだまだ多くのコレクションが眠っているという。
田口さんが本格的に開店を決意したのは、コロナ禍がきっかけだった。看護師として30年以上のキャリアを積む中で、定年退職後は音楽中心の生活をしたいと考えていたが、定年年齢の延長や体力面での不安を考慮し、強い情熱を持った今だからこそ実現すべきだと決断した。
「定年が60歳から65歳、そして70歳へと延びていく中で、本当に定年後にこの情熱や体力、資金面で実現できるのかという不安がありました。コロナを機にリモートワークやオンライン会議が普及し、働き方が多様化したことで、必ずしも一つの場所にいなくても仕事ができる時代になったことも後押しとなりました。今やらないと後悔するという想いが強くなり、開店を決意し準備を進めました。」
田口さんの音楽との出会いは小学6年生の時。友人からもらったビートルズの赤盤のカセットテープを聴いた時の衝撃は、今でも鮮明に覚えているという。
「それまではテレビの『ザ・ベストテン』で沢田研二や西城秀樹を見てかっこいいなと思っていましたが、ビートルズを聴いた時に全く違うかっこよさを感じました。その後、モトリー・クルーのライブを見に行って生の音楽の衝撃を受け、大学に入ってからギターを始めました。」
社会人になってからは職場で軽音楽部を作り、定期的にライブハウスを貸し切ってライブを開催するなど、音楽への情熱を持ち続けてきた。長年音楽へ情熱を注ぎ続けた田口さんが作り上げた「音香堂」だからこそ、多くの人に愛される場所となっているのだろう。

②「音香堂」の名前に込めた3つの想い
「音香堂」という店名には、田口さんが大切にする3つの要素が込められている。
「音楽を聴くこと、楽器を演奏すること、そしてコーヒーの香りを楽しむこと。この3つが私にとって心地よいものでした。わたしが大切にしていることを、お客様にも共有して、一緒に楽しんでほしいという想いを込めて、この名前をつけました。」
あえて漢字表記を選んだのにも深い理由がある。
「横文字にするとロックなど特定のジャンルをイメージしがちですが、『音香堂』という漢字表記なら、ロックなのか民謡なのかJポップなのか、様々な想像ができます。ジャンルを特定せず、幅広い音楽を受け入れるお店にしたかったんです。」
お店のロゴも田口さんが手書きでデザインしたもので、煙や湯気のように揺らぐ音楽とレコード盤をイメージした温かみのあるデザインとなっている。
③お客様が主役となるセッション空間づくり
音香堂の最大の特徴は、田口さんが演奏を披露するのではなく、お客様が主役となって演奏を楽しむ空間であることだ。
「私が弾くというよりは、お客様が来て弾いてくれるのを聞く方が圧倒的に多いですね。お客様の演奏をコーヒー片手に私も楽しませてもらっています。」
店内にあるギターやドラムなどの楽器は全て自由に触ることができるという。手ぶらで来店してもライブ演奏が可能で、子どもから大人まで気軽に楽器に触れることができる環境を提供している。
「ここにあるものはみんな自由に使ってもらっています。楽器に触ったことのない子どもがギターを触ったり、ドラムのスティックを持って叩いてみたり、音楽や楽器をやってみたいというきっかけを作る場所でもあります。」
気軽にいろいろな楽器に触れることができる音香堂は、音楽好きが集まるだけでなく、新たな音楽好きが生まれる、そんな場所にもなっているのだ。

④中高年の音楽愛好家と中学生の架け橋
音香堂のメインターゲットは、かつて音楽をやっていた40代前後の世代だ。ライフステージが変わるにつれて音楽から離れてしまった人たちに、再び音楽を楽しんでもらいたいという想いがある。
「社会人になって仕事が忙しくなったり、結婚して子供が産まれたりして、音楽から離れてしまってそれっきりという人たちにこそ訪れて欲しいんです。音楽好きな人が仕事終わりにコーヒーを飲みにきたり、昔ギターを弾いていた人がちょっと弾いてみたり、お酒を飲んで酔った勢いでバンド演奏したり、そういう感じで昔を懐かしんで弾いてもらいたいですね。」
一方で、音香堂は中学生の利用も多い。文化祭でバンド演奏をする中学生が練習場として利用し、保護者も一緒に来店してコーヒーを飲みながら演奏を聴くという、親子のコミュニケーションの場としても機能している。
「カラオケボックスやスタジオだと、中学生の親としてはちょっと心配な面もあります。ここなら保護者の方も一緒に来て、コーヒーを飲みながら、お子さんの演奏を聴いて、親子の会話も含めて音楽を楽しんでもらえます。」
練習場としての利用は無料で、飲食代のみで気軽に利用できることも、多くの人に愛される理由の一つだ。ライブハウスのような金銭的なハードルやお客様を呼ぶノルマもなく、スタジオでの練習とライブハウスでの本格的なライブの中間的な存在として、気軽に仲間内で演奏を楽しめる場を提供している。

⑤趣味を大切にした持続可能な経営スタイル
田口さんの経営方針で最も印象的なことは、音楽を職業にするのではなく、あくまで趣味として楽しむことを大切にしていることだ。
「音楽を仕事にしたり、プロとして関わったりすると、趣味ではなくなってしまいます。自分の気が向いた時に好きな曲を弾いたり、お客様との会話を楽しんだり、趣味の範囲内で楽しんでいます。」
そのため、音香堂も趣味の延長として運営しており、看護師やコンサルタントなど複数の仕事と並行して店を維持している。
「こういう飲食店、特にライブができるような趣味性の強い個人店は、経営を続けていくのが非常に難しい状況です。幸い私は複数の仕事をしながらこのお店を維持できているので、これからもそのスタイルで続けていけたらいいなと思っています。」
大きな展望よりも、現在の趣味と仕事が調和した生活を継続することに価値を見出している田口さん。好きな仕事をしながら、バンドのライブに足を運び、同じ音楽好きの仲間とここで語り合う、そんな今の生活が、明日も来年も10年後も続けられることを願っている。
「今後、他の仕事は退職しても、この店は続けていくことになると思います。自分の体が動く限りはこの店で音楽を楽しみ続けたいですね。」
音香堂は、音楽を愛するすべての人にとって心地よい居場所となっている。昔バンドをやっていた人も、これから音楽を始めたい人も、ただコーヒーを飲みながらゆっくりしたい人も、それぞれが自分らしい時間を過ごせる貴重な空間だ。田口さんの「刺さる人にはガッツリ刺さる」という言葉通り、きっとここにしかない特別な時間を過ごすことができるだろう。
少しでも興味がある方は、ぜひ一度足を運んでみてはどうだろうか。心地よい音楽と楽器の音、コーヒーの香りに包まれた、他では味わえない特別な時間が待っている。

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