創造と探究心に満ちた料理人「マルイサンカク」を訪ねてみた。





昼はおにぎりとスープ、夜は多彩な料理を提供する料理店である。今回は、代表の紅露 記見浩(こうろ きみひろ)様にお話をうかがった。
- 新しいものを創る情熱の源流
- 自身の体調の変化から生まれたおにぎり
- 一人でもできるビジネスモデルの確立
- 米へのこだわりが生む究極の味
- 料理人を目指す若者への想い
①新しいものを創る情熱の源流
JR岐阜駅から程近い場所にある3階建ての建物で「マルイサンカク」を切り盛りしている紅露さん。可愛らしい響きの店名について尋ねると、そこには店主らしいユニークな視点が込められていた。
「マルイサンカクは、おにぎりの形を表現しているんです。三角形と言われると、誰もが真っ直ぐな三角を想像するかもしれませんが、実際に人の手で握ると、きれいな正三角形にはなりません。ちょっと丸みが出てくる。それがむしろ、おにぎりの温かみなんだと思うんです。」
さらに、もう一つ、別の意味も込められているのだと、笑って教えてくれた。
「スープとおにぎりって、上から見ると“丸”と“三角”の形なんですよね。その意味でも、マルイサンカクという名前がしっくりきたんです。」
おにぎりとスープというメニューに宿るかたちのやさしさが、店名にも重なっている。
そんな紅露さんの根底にあるのは、ものづくりへの純粋な情熱だ。料理に限らず、デザインやマーケティングといった分野にも積極的に取り組んでいる。
「何かを作るのが、昔から本当に好きなんです。古いものを新しく蘇らせるのも得意でしたし、ホームページを作ったり、チラシを考えたりするのも楽しくて。料理に専念すればいいとは思いつつ、どうしてもいろんなことに手を出したくなってしまうんです。」
現在は、マーケティングの勉強にも熱心に取り組んでいるという。「どうすればこの店をもっと知ってもらえるのか」「もっと楽しんでもらえるのか」──その問いを原動力に、紅露さんは日々新しいことに挑戦し続けている。
「新しいことに挑戦するのが好きなんです。だから今は“たまたま”飲食というフィールドに立っていますけど、僕にとっては、その中の一つがこの店だったというだけであって、何かを生み出すこと自体が楽しくて仕方ないんです。」
マルイサンカクという店の個性は、紅露さん自身が持つ創造への飽くなき探求心から生まれているのだ。


②自身の体調の変化から生まれたおにぎり
おにぎりとスープをメインにした理由を尋ねると、紅露さんは自身の経験を語ってくれた。
「18歳からずっと飲食業界に勤めていますが、飲食店で働いていると、食事の時間を十分に確保するのが難しいんです。だから、手軽に食べられるパンばかり食べていました。すぐに食べられて、お腹も満たされるので、3食すべてパンという日もあったくらいです。」
長時間労働の中でパン中心の生活が続いたが、やがて体に不調が現れた。
「すぐ疲れるようになるし、イライラするし、お腹の調子が悪くなるということがあったんですけど、それが自分の体質だと思っていたんです。」
一向に改善しない体調不良に疑問を抱き、調べていく中で小麦アレルギーの可能性に辿り着いた。
「小麦アレルギーの症状と、今の自分の状態がぴったり当てはまっていたんです。ずっとパンが主食の生活をしていたので、もう心当たりしかなくて。」
パンを控えるようになると、体調はみるみる回復していった。
「パンを食べるのを減らし、お米に変えたら、もう完全回復したんですよ。やっぱりお米しかないじゃないですか。この経験を通して、日本人の体って、白米を食べることでより元気になって、より体が整うようなDNAになってるはずだって感じましたね。」
この実体験が、米への確信へとつながり、マルイサンカクのコンセプトの核が形づくられていった。身体の声に耳を傾けたことが、新たなビジネスモデルを導くきっかけになったのである


③一人でもできるビジネスモデルの確立
おにぎりとスープを主軸にした背景には、健康への実感とともに、経営戦略的な視点もあった。
「みんなを元気にするために、まずはお米だなと思ったんです。自分が作ったご飯を食べてもらい、元気になって帰ってもらえるんだったら、こんなに嬉しいことはないです。」
経営上の課題としては、料理としての完成度を保ちつつ、一人で運営できるスタイルをどう構築するかという点だった。
「お米を使った料理で、代表的なものはおにぎりと寿司だと思っています。寿司って、職人が握るイメージがありますけど、おにぎりって家庭の味じゃないですか。だったらその家庭料理を、職人が本気でつくったらどれだけ美味しくなるのか、と思ったんです。」
そんな想いをかたちにし、2023年4月にマルイサンカクをオープン。諸事情により一度休業したが、同年11月に再オープン。現在に至るまで、一人で店を切り盛りしている。
「おにぎりとスープは、昼も夜も提供しています。夜は一品料理もあって、食事の最後に“〆”としておにぎりとスープを楽しんでもらうのが、自分の理想的なかたちです。」
夜の営業では、定食を目当てに訪れる人や、おにぎりだけを注文する人など、客層のニーズも幅広い。それに応えるため、豊富なメニューをそろえている。
「できれば、料理屋さんっぽい雰囲気をもっと出していきたいと思っています。とはいえ、おにぎりや定食だけを食べて帰られる方もいますから、そういった方にもちゃんと応えられるような店でありたいです。」
ワンオペでも成立しつつ、本格的な料理の提供にも妥協しない。マルイサンカクの独自性は、この絶妙なバランスの上に成り立っている。
④米へのこだわりが生む究極の味
マルイサンカクの最大の特徴は、何と言っても「米」に対する徹底したこだわりにある。
「もともとオープンしたときは、用途に合わせていろいろなお米を使い分けようと思っていたんです。でも、やっぱり一つに絞ってこだわった方がいいと思い、お米屋さんにお願いして、取り扱っているすべてのお米を試させてもらいました。」
全国のブランド米を食べ比べていく中で、紅露さんはそれぞれの違いを明確に感じたという。
「もちろん、何種類かの岐阜のお米も試したんですけど、残念ながら、粘り気や甘みがちょっとおにぎり向きではなかったんです。」
そんな中、たどり着いたのが、富山県産の「てんたかく」だった。
「粘り気も甘みもちょうど良くて、おにぎりに最適な特性を持っているお米だと思いました。おにぎり単体で食べてもおいしいし、具を入れてもおいしい。その両方が成立するのって、なかなかないんですよ。」
素材としてのお米の力と、おにぎりという料理の特性。その両方を理解したうえで選び抜かれた「てんたかく」が、マルイサンカクの味の基盤を支えている。

⑤料理人を目指す若者への想い
18歳で飲食業界に足を踏み入れてから、現在に至るまで。その道を一貫して歩み続けてきた紅露さんは、料理人という職業の未来について真剣に考えている。
「最初は和食からスタートしました。7年ほど働いて、当時にほとんどの和食を習得しました。その後、前職の店舗に移って14年ほど勤務し、和食以外の料理にも挑戦するようになりました。飲食業の好きなところは、いろんなものを作って“うまい”“美味しい”って言葉を直接いただけるところですね。その喜びが、今でもずっと続いていて、終わることがないんですよ。」
長年の現場経験を経て、いまの料理人の在り方に危機感を抱いているという。料理人としての誇りや志を語るその言葉には、強い覚悟がにじむ。
「料理人は、やっぱりこだわって追求する姿勢が大切だと思うんです。知識も技術も、自然と求めたくなるものであるべきだし、そのために修行が必要なら迷わずやるべきです。料理人になりたいと思うなら、途中で投げ出すんじゃなくて、満足するまでやり切ってほしいと思っています。」
若い料理人たちへのメッセージにも、実直な熱が宿っている。その想いは、やがて自身の行動へとつながっていく。
「僕の元でも、料理人を育てたいと考えています。このお店のビジネスモデル自体、料理人がいてこそ成立する。だからこそ、しっかりと人を育てることも、これからの目標のひとつですね。」
課題は集客だと語りながらも、料理にかける想いに揺るぎはない。
「うちの強みは、うまい料理を出してること。それだけですよ。あとは、打ち解けたら何でもやっちゃう性格なので、『あれ作って』って言われたら、材料さえあればすぐ作ります。そういう距離感でやってます。」
ベースにあるのは、長年積み重ねてきた確かな技術と、料理を愛する気持ち。そして、料理人という仕事への敬意と未来への希望。マルイサンカクは、おにぎりとスープを提供するだけのお店ではない。料理人という生き方の可能性を体現し、次世代へとつなげていくための場でもある。
紅露さんが生み出すのは、ただの“料理”ではない。それは、情熱と技術のかけ合わせから生まれる、唯一無二の味と体験だ。料理を愛するすべての人にこそ、訪れてみてほしい。きっとその一皿が、新たな気づきと出会いをもたらしてくれるはずだ。

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