夏イチゴで地域を支える!移住夫婦が挑む「きりう農園」を訪ねてみた。





全国のイチゴ農家のわずか3%以下しか手がけない夏イチゴ栽培で、地域農業の活性化に貢献している注目の農園だ。移住をきっかけに農業の世界に飛び込み、わずか1年で地域トップクラスの成績を収めるまでに成長した。今回は、桐生 和実(きりう かずみ)様と容子(ようこ)様ご夫妻にお話をうかがった。
- 農業への転身
- 全くの未経験からのスタート
- 夏イチゴで差別化を実現
- 効率性と品質を両立
- 地域農業の担い手育成へ
①農業への転身
きりう農園の名前の由来は、苗字の「桐生」から取ったものだ。「格好つけたくなかった」というシンプルな理由からだ。分かりやすくひらがなで「きりう農園」と名付けたという。
農業を始めるきっかけは、容子さんが農業に興味を持ち農業体験に行ったことがきっかけだったそうだ。
「妻が先に体験をしたんですが、とても楽しかったそうなんです。その話を聞いて僕も興味が湧いてきたので、やってみることになりました。元々、ひるがの高原にはキャンプなどでよく遊びに来ていて、田舎暮らしへの憧れもありましたので、決心がつきました。」
お二人は当時、各務原に住んでいたが、ひるがの高原の環境に魅力を感じ、容子さんは移住を決意した。
移住後、容子さんが農業法人でアルバイトを始めた時、和実さんは名古屋の会社に勤務していた。その後、2年間は別々に暮らしながら、容子さんが農業の技術を学んでいった。
「2年ほど、農業を学んで楽しいことも大変なことも多くありましたが、正直こちらの生活が気に入りすぎて帰りたくなかったというのもありますが、色んな物事のタイミングが重なったことがきっかけとなり、完全に2人で移住することにしました。」
田舎暮らしへの憧れと容子さんの農業への興味。色んな偶然やタイミングが重なったことで、桐生さんご夫妻の新たな人生が始まった。

②全くの未経験からのスタート
安定した会社勤めを辞めて経験の浅い農業を始めるにあたって、不安はなかったのだろうか。
「初めての事なのでもちろん不安はありました。ですが、初期費用や、使えそうな制度が無いかなど、色々と調べていくうちに不安よりも挑戦したい気持ちが強くなりましたね。」
何より心強かったのは、地域に先輩農家が10軒ほどあったことだ。既に多くの先輩農家の方たちがいることから大きな安心感があった。
容子さんがアルバイトを経験した農業法人は大根を栽培していたのだそうだ、なぜ大根農家ではなくイチゴ農家への道に進むことになったのだろうか。
「色々と調べました。大根やトマト、アスパラなど様々な作物を検討した結果、夫婦2人という規模感で取り組むには、イチゴが最適だと判断したんです。なので、夫婦でイチゴの研修を2年ほど受けました。」
現在は、ハウス6棟で20アール、イチゴの株数は約9,600株。地域的には平均よりやや大きい規模だが、夫婦2人と収穫時期のアルバイト2名程度で運営できる適正な規模を維持しているのだと教えていただいた。
③夏イチゴで差別化を実現
きりう農園が栽培するのは「すずあかね」という品種の夏イチゴ。一般的にスーパーで見かけることはなく、主にケーキ屋などの業務用として出荷される特別な作物だ。
「夏にイチゴを作れる農家は全国で3%以下しかありません。特に夏イチゴは標高900メートル以上の涼しい場所か、北海道でないと栽培できないんです。なので、限られた農家でしか作れないんです。」
岐阜県では、ひるがの高原でしか夏イチゴ栽培はできないそうだ。その他は高山市に1軒あるのみで、県内ではほぼ独占的な産地となっている。
「私たちは農業への情熱もありますが、作物でしっかり生計を立てたいという気持ちが強いんです。そういう意味でも差別化できるものを選びました。夏イチゴは生産者が多くないので、需要が多い作物なんです。」
夏イチゴは希少性が高く、需要に対して供給が追い付かない状況が続いている。そのため価格も暴落する事なく安定しており、新規参入農家にとって有利な条件が揃っている作物と言える。
作業シーズンは夏から秋にかけてのみ。11月に畑を片付けてから翌年3月まで休業期間となるため、メリハリのある働き方ができるのも魅力の一つだ。

④効率性と品質を両立
きりう農園の強みは、立地と栽培方法にある。地域8軒のイチゴ農家の中で最も標高が高い場所に位置し、30~40メートルほど高い場所にあることで、より涼しい環境を確保している。
栽培方法では「高設栽培」を採用している。一般的な土耕栽培と異なり、パイプで土台を作ってその上にプランターを設置し、イチゴ狩り農園のような形で栽培している。
「高設栽培なら腰を曲げずに自然な体勢で作業できるので、作業スピードが格段に上がります。そうする事で作業時間が短くなるので、その分手間をかけることができるんです。」
また、効率化できる部分は積極的に自動化を進めている。ビニールハウスの開閉、灌水システムなど、容子さんが研修中に手間だと感じ効率化できると考えた作業は機械化し、人の手が必要な細かい管理作業に集中できる環境を整えている。
「効率を求める部分と手作業でしっかり手間をかける部分を分けて、品質の良いイチゴを作ることを心がけています。」
この戦略が功を奏し、開園1年目から地域トップクラスの収穫量と品質を実現。全国的に不作だった年でも健闘できる成果を上げている。


⑤地域農業の担い手育成へ
和実さんの今後の展望は、個人農園の拡大よりも地域全体の活性化に重点を置いていると話してくれた。
「もう少し量と品質を向上させていきたいですが、規模を大きくしたりなどは考えていません。当たり前にいつも品質の良いいちごが作り続けられる農家になりたいと思っています。」
それ以上に重要視しているのが、この地域に夏イチゴ農家を増やすことだと話してくれた。現在8軒の農家があるが、高齢化により今後減少していくことが予想されるそうだ。
「やはり有名な産地と言われる場所は農家がたくさんあります。10軒を下回ると産地としての認知が弱くなってしまうので、ひるがの高原の農家を減らない為に何ができるか考えています。」
そのため、県のアグリチャレンジセンターのイベントに積極的に参加し、自身の経験を発信しているという。
「昔から農家をしている方や行政に農業の現実ついて伺ってみると、『農業は重労働・生半可な気持ちでは続かない・覚悟がないとできない』とおっしゃる方が大多数を占めていました。でも実際にやってみたら、個人的には会社員時代の方が辛かったと感じます。農業と会社員のどちらにも一長一短があると感じました。」
和実さんは、自身の経験から農業を転職の選択肢の一つとして捉えてもらいたいと考えている。実際に友人の女性がイチゴ農家を目指して準備を進めており、女性でも十分に取り組める作物だと確信している。
「サラリーマンが転職する選択肢の一つに農業というのも全然ありだと思います。」
現在準備中の計画として、農地を増やして新規就農希望者を受け入れられる体制作りを検討しているという。自分たちの経験を活かし、地域農業の担い手育成に貢献したいと考え準備を進めているのだそうだ。
ひるがの高原という恵まれた環境で、夏イチゴという希少作物に取り組むきりう農園。移住をきっかけに始まった農業への挑戦は、今や地域農業の未来を支える重要な役割を担っている。
桐生さんご夫妻の取り組みは、農業が決して辛いだけの仕事ではなく、やりがいと生活の両立が可能な魅力的な職業であることを証明している。これから農業を始めたいと考える人にとって、きっと心強い指針となるだろう。

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