製造業
美濃市

包丁研ぎの職人技を未来につなぐ「株式会社マルサ研磨巧業」を訪ねてみた。

包丁研ぎの職人技を未来につなぐ「株式会社マルサ研磨巧業」を訪ねてみた。
TOM
TOM
包丁って、使ってると切れ味落ちるよね。
SARA
SARA
当たり前でしょ。定期的に研がなきゃダメよ。
TOM
TOM
あ〜、研ぎ直すのか!切れなくなったら捨てればいいかと思ってたよ〜。
SARA
SARA
・・・じゃあ、あなたもそろそろ研ぎ直した方がいいわね!
この記事は約6分で読めます。
美濃市にある「株式会社マルサ研磨巧業」をご存知だろうか。
ものづくりの文化が息づくこの地で、包丁研ぎの技術と向き合い続ける職人たちがいる。今回は、代表取締役の猿渡英昭(さるわたり ひであき)さんにお話をうかがった。
今回のツムギポイント
  • 時代を超えて受け継がれる「マルサ」の物語
  • 父の仕事場での記憶が導いた道
  • 切れ味と伝統を磨く「宝長」の魅力

  • SNSで職人文化を発信、若き広報チームの活躍

  • 固定概念にとらわれない、挑戦し続ける社長の夢


① 時代を超えて受け継がれる「マルサ」の物語

 

マルサ研磨巧業の社名は、猿渡社長の先祖の代に遡る。美濃市で長年刃物研磨に取り組む同社の名前の由来には、長い歴史と地域の記憶が深く刻まれている。

 

「祖父よりさらに前の世代から使っていた屋号です。先祖である佐七さんの『佐』に丸をつけたのが由来だと聞いています。」

 

養蚕業を営んでいた先祖の屋号に由来するという「マルサ」。その後、時代が移り変わり、猿渡社長のお父様がこの名前を受け継ぎ、刃物研磨の事業として立ち上げた。

 

この社名は、家族の歩みを継承するだけでなく、地域に根ざした事業の継続性を示している。マルサは単なる会社名ではなく、先祖がこの地で築いた暮らしの証でもある。かつて養蚕で生計を立てていた先祖の屋号が、現代の刃物研磨という形で新たな命を吹き込まれているのだ。

 

マルサ研磨巧業は、地域の伝統と文化を背負いながら、今日までその名を継いできた。そこには、先祖の営みと刃物研磨への情熱が凝縮されている。

 

②父の仕事場での記憶が導いた道

 

創業は、戦後の時代に始まる。猿渡社長のお父様は、近隣の刃物会社での経験がきっかけとなり、自然な流れで「マルサ」を冠した会社を設立した。

 

「近くに刃物会社があり、父がそこで勤めていた流れが、現在の仕事につながっています。」

 

創業の舞台は、かつては牛小屋だったという作業場だ。農機具がなく、牛で農作業を行っていた時代を反映するこの建物は、今も同社の敷地内に残る。

 

「一番奥の古い建物が、かつて牛小屋だったと聞いています。ここから父が始めたんです。」

 

猿渡社長が現在の仕事に携わったのは二十代半ばの頃。もともとは建築業界で働いていたが、年代による体力差などを目の当たりにし、長く続ける難しさを感じたことが、転身のきっかけの一つだった。

また、幼少期から父親の仕事場を遊び場として育ち、ハンマーを手に叩く真似をしながら過ごした時間や思い出が、その選択を後押しした。

 

「小さい頃、父の仕事場をいつも見ていたので、とくに抵抗もなくすんなりと入れましたね。」

 

創業の想いは、先代の決断から始まり、猿渡社長は堅苦しい使命感ではなく、子どもの頃からの親しみを背景に自然な形でその道を歩んできた。その歩みから育まれた柔軟な姿勢は、現在の会社運営にも息づいている。

 

③切れ味と伝統を磨く「宝長」の職人技

 

包丁製造は分業制で、プレス、焼き入れ、溶接、研磨、ハンドル製作など約10社が関わる。特に研磨は品質を左右する工程であり、マルサ研磨巧業の職人技は、他社との連携を支えつつ、包丁の最終的な切れ味を決定づける。

 

自社ブランド「美濃英一作 宝長」は、切れ味の良さと耐久性を誇り、贈り物としても愛される包丁だ。長年受け継がれてきた技術と、顧客に届ける価値にはどのような特徴があるのか。

 

「包丁なので、切れ味が良くて長持ちするものを作るにはどうしたらいいか。それを一番に考えています。刃をベストな厚みに整えるための工夫なんですね。」

 

「宝長」は、匠の技の結晶だ。切れ味の持続性と使いやすさが特徴で、イベントでは実演を通じてその品質をアピールする。ダマスカス模様の包丁は、ステーキ店などで視覚的にも映えると好評だ。

 

「実は祖父の名前を、この包丁の作家名にしているんです。」

 

猿渡社長のお祖父様は「英一」という名前で、社長自身も、その一文字を受け継いで「英昭」と名付けられた。そして、自身が立ち上げた自社ブランドの作家名として、「英一」という名を冠したのだ。

 

お祖父様は早くに亡くなってしまったので、直接会う機会はなかったそうだが、屋号「マルサ」が先祖から受け継がれているように、祖父の名前『英一』をブランド名に採用することで、歴史を繋いでいる。さらに、「宝長」という名前には、長く愛される願いが込められている。

 

「『宝長』は、宝物が長く続くという意味です。新築祝いや結婚祝いなど、贈り物としても使ってもらえたら嬉しいです。名前を刻印できるので、会社名を入れたりもします。」

 

顧客の反応も上々で、料理の出来上がりや楽しさを引き立てる道具として、家庭からプロの料理人、精肉店など、幅広く支持されている。特に、刻印サービスは贈り物としての価値を高め、受け取った人の記憶に残る。

 

一本一本手作業で仕上げられる「宝長」には、長年培われた研磨という手仕事と、職人の存在を広く知ってもらいたいという猿渡社長の想いが刻まれている。

 

④SNSで職人文化を発信、若き広報チームの活躍

 

新しく設立されたビジョンデザイン部は、SNSを通じて職人の技や、地域に根ざす歴史と精神を広め、職人文化を知らない人々にもその魅力を届ける役割を担う。広報活動をこのチームに託すことで、包丁や職人の存在を多くの人に知ってもらいたいと願う。

 

「僕ら職人は作業に専念して、広報はビジョンデザイン部に任せています。作業風景や想いを発信して、職人を知ってもらいたいです。」

 

職人が包丁を丁寧に研ぐ様子などを動画や写真で撮影し、SNSで紹介。職人文化に馴染みのない若い世代や、一般の人々に、刃物産業の特色や伝統を身近に感じてもらうことを目指す。包丁を使う人々だけでなく、ものづくりに興味を持つ人々にも届けたいという想いがある。

 

「職人という仕事を知らない人も多いので、包丁を通じて自分たちの存在を伝えたいと思っています。」

 

社長の「やってみればいい」という姿勢は、ビジョンデザイン部を力強く後押しする。

 

女性社員も多く、子どもの話などを自然に話せる和やかな雰囲気の中、社員同士の距離が自然と近くなっているという。明るくオープンで言いたいことを気軽に共有できる社風は、情報発信にも良い影響を与え、会社全体に活気をもたらしている。

 

この地に脈打つ技と心を次世代に伝え、職人の世界に新たな人々を引きつける取り組みは、刃物産業の未来を切り開く一歩となっている。

 

⑤固定概念にとらわれない、挑戦し続ける社長の夢

 

創業50年以上の積み重ねを礎に、新たな挑戦を続けるマルサ研磨巧業の展望と夢をうかがった。

 

「地域で働ける環境を整えて、人材が集まる地域にしていきたいと思っています。」

 

包丁業界の活性化にとどまらず、高齢化が進む時代背景の中、雇用創出は大きな挑戦だ。今後は、研ぎ直しをする部署や、海外などでも人気が上昇しているという模造刀の制作なども視野に入れているという。自由で柔軟な姿勢を貫く猿渡社長の想いと取り組みは、地域に新たな活力をもたらしている。

 

「職人も高齢化してきていて、数が減っています。需要はあるのに作れない状況があります。若い人を育てて、技術を継承していきたいと考えています。」

 

職人不足は、今現在の業界全体の課題だ。需要が高まる一方で、供給が追いつかない現状を打破するため、若い人材の育成に力を入れる。県外から移住してきた若者が刃物産業に魅力を感じ、技術を学び始めたことは希望の兆しだ。

 

さらに、「男性の仕事」と思われがちな職人の道だが、実は猿渡社長の奥様も社内で活躍されているという。女性ならではの丁寧かつ繊細な仕事ぶりは、その感性を存分に活かせる分野でもある。

 

女性も十分に力を発揮できる仕事であり、多様性が重視される昨今、その可能性を広く伝えたいと話す。昔ながらの職人像にとらわれず、「こだわらないことにこだわる」姿勢で、柔軟に技術を紡いでいく。

 

「まだ後継者はいませんが、将来的にできたら嬉しいですね。もちろん引き継いでもらえるのが理想ではありますが、そこに強くこだわりすぎないようにしています。」

 

猿渡社長のユニークな価値観は、若い世代への励みとなり、プレッシャーを取り払う。目標に縛られず、やりたいことを追求する姿勢は、社員にも自由な発想を促す。

 

社長業を「技術を継承し、広める使命」と捉え、イベントや広報を通じて包丁と職人文化の魅力を伝えてきた。こうした活動は、美濃市に新たな人を呼び込み、業界の展望を形づくる基盤となる。

 

「自分のできることを通して、職人や美濃市の魅力を多くの人に伝えていきたいと思っています。」

 

マルサ研磨巧業は、創業以来、先祖の系譜と職人魂を紡いできた。猿渡社長の挑戦は、技術と伝統を広め、若い世代に伝えていくことだ。

 

美濃市を拠点に、職人の技術と地域への想いを次世代に伝える。人が集まり、技術が受け継がれる場を目指すその取り組みは、刃物産業と地域の将来を築いていく。

 

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