想いを紡ぐこだわりのケーキ「pâtisserie La filer」を訪ねてみた。





想いを紡ぐパティスリーをコンセプトに、季節のフルーツにこだわった洋菓子をご夫婦で提供している。今回は、オーナーパティシエの寺野 裕紀(てらの ひろき)様にお話をうかがった。
- 想いを「紡ぐ」パティスリーの誕生
- お客様との対話を大切に
- 自家果樹園が生み出す特別な味わい
- 季節感を大切にしたフルーツへのこだわり
- 小さな隠れ家から広がる新たな展望
①想いを「紡ぐ」パティスリーの誕生
垂井町の静かな山あいにある「結の森」で、2024年6月にオープンした「pâtisserie La filer」。ここは、寺野さんご夫妻にとって特別な場所である。
「この場所は『結の森』という複合施設として、妻の両親が10年以上前から営んできました。妻の父は『木工房 結』を、その隣で母が『Cafe 結』を営んでいます。」
この場所にお店を出店した理由は、寺野さんが高校生の頃に抱いた憧れにさかのぼる。
「とある山あいのケーキ屋を訪れたときに、直感的にすごく惹かれたんです。いつかこんな場所で自分のお店を開けたら、とずっと憧れていました。」
その時の感動が強く心に残り、いつかお店を開くなら、静かで自然豊かな環境でという想いをずっと抱いていた。
「そんな中、妻の両親からこの場所でお店を出さないかと声をかけてもらったんです。同じくパティシエをしている妻にとっても、自分にとっても理想的な環境だったので、今しかないと思いました。」
長年抱いていた想いと奥様のご両親からの提案が重なり合い、「pâtisserie La filer」誕生へとつながったのである。
店名の「filer(フィレール)」は、フランス語で「紡ぐ」という意味を持つ。まさに家族の想いが紡がれて生まれたパティスリーであり、その想いは、コンセプトにも表れている。
「そのまま『結』という屋号を使うのではなく、自分たちらしさをプラスしたいと思っていました。そこで、結びの意味を残しながらパティスリーとしての独自性を出すために、フランス語で『紡ぐ』という意味がある『filer』を選びました。『紡ぐ』という言葉には、私たちが作りたいものだけでなく、お客様から求められるものを大切にしながら、一緒に重ねていきたいという願いを込めています。」
奥様のご両親が長年大切にしてきた「結」という屋号を受け継ぎながらも、パティスリーらしさも、自分たちらしさもあるアプローチを模索した寺野さん。さらに、その想いは建物そのものにも刻まれている。
「実は、このお店を仕上げたのも妻の父なんです。上棟など大きな大工工事は職人さんにお願いしましたが、内装の仕上げやデザインなどは父が自ら手がけてくれました。家族の手仕事だからこそ、この空間に温かみが生まれたと思っています。」
こうして家族の想いが重なり合い、唯一無二のパティスリーが完成したのである。


②お客様との対話を大切に
寺野さんがパティシエの道を歩み始めたのは、自身の家族の影響が大きかった。お母様がお菓子作りを趣味としており、7歳年上のお姉様もパティシエを志していた環境が、自然と背中を押したのだ。
「母がお菓子やパン作りを趣味にしていて、実家には機材も一通り揃っていました。加えて、姉もパティシエを目指して専門学校に通っていたんです。私も自然とお菓子作りをするようになり、中高生のころには家で作ったお菓子を学校に持って行き、友達に食べてもらっていました。」
そうした経験の積み重ねが、進路を決める時の後押しとなった。
「高校生になって進路を考えた時、真っ先に浮かんだのがパティシエでした。自分が作ったお菓子で人に喜んでもらえる。それを仕事にできるのは何より嬉しいことだと素直に思ったんです。」
この原体験が、現在の「お客様と直接対話する」経営スタイルの原点となっている。専門学校卒業後は愛知の洋菓子店で6年間修行を積み、その中で店長も経験した寺野さん。独立後も製造だけでなく、接客に積極的に関わり続けている。
「もともと私も妻も接客を大切にしたいという考えを持っていました。製造に専念するだけではなく、お客様と直接会話をしたいと思っています。私や妻が手がけたケーキだから、と食べに来てくださるお客様もいらっしゃいますし、中にはパティシエと話したいと思ってくださる方もいらっしゃる。そういう方々と実際に言葉を交わせるのは大切な時間だと感じています。」
現在のスタッフ体制は、製造を寺野さんご夫妻が担い、販売スタッフは週末を中心に3人が交代で対応している。小規模であるからこそ、シェフとお客様との距離の近さが「pâtisserie La filer」の魅力となっている。
「『想いを紡ぐパティスリー』というコンセプトの通り、お客様の声に耳を傾け、それに応えるケーキをつくっていきたいと考えています。」
お菓子作りを通じて喜びを分かち合うこと。その根底には、幼少期から育まれてきた「人とつながる楽しさ」が息づいている。対話を大切にする姿勢は、店の温かさそのものを形づくっているのだ。

③自家果樹園が生み出す特別な味わい
「結の森」の奥に広がる果樹園では、寺野さん一家が丹精込めて育てたフルーツが四季を彩る。レモン、柚子、金柑、栗など、さまざまな果実が大切に栽培されている。
「敷地の奥には果樹園があって、レモンや柚子、金柑、栗などを育てています。そこで収穫したものは、できる限り店のお菓子に取り入れるようにしています。」
なかでも現在特に力を入れているのがレモンと柚子の栽培だ。昨年は多くの実を収穫できたという。
「レモンは数年前までほとんど採れなかったのですが、昨年は豊作でかなりの数を収穫できました。これから毎年少しずつ増えていくと思います。安定して収穫できるようになれば、自家栽培のレモンを使った商品を年間を通して提供できるのではと期待しています。」
自家栽培のレモンを使用した「レモンケーキ」や、柚子を使った「ザッハトルテ柚子」は、冬の定番商品として多くの人に親しまれている。できる限り自家栽培のフルーツを活用する姿勢が、「pâtisserie La filer」の味づくりの根幹となっているのだ。


④季節感を大切にしたフルーツへのこだわり
「pâtisserie La filer」の自家栽培以外のフルーツにもこだわり、季節感を大切にしたフルーツを産地から厳選している。
「ケーキの季節感は大切にしたいと考えているので、フルーツもその季節に合わせたものを選ぶようにしています。例えば夏は必ず宮崎産のマンゴーを使うようにしています。桃なども産地ごとに品種や特徴が異なるので、自分がおいしいと感じたものを厳選して使用しています。」
また、地元岐阜県産のフルーツを積極的に取り入れることも大切にしている。垂井町のいちじく、池田町のシャインマスカット、揖斐川町のいちごなど、農家さんとの直接的な関わりを大切にしているのだ。
「垂井町のいちじく農家さんには直接ご挨拶に伺い、農園を見学させてもらった上で、使わせていただいています。できる限り、顔の見える地元の農家さんから仕入れて、こだわりの食材を活かしたいと思っています。」
こうした素材選びへのこだわりは、季節ごとのフェア開催にもつながっている。寺野さんは2か月に1回ほどのペースで旬のフルーツをテーマにしたフェアを開き、訪れる人に新しい出会いを届けている。
「今年の夏は、7月末から8月上旬にかけて2週間、ショーケースを桃のケーキでいっぱいにした“桃フェア”を開催しました。新作を並べることで、普段から通ってくださる方にも『せっかくなら行ってみよう』と思っていただけるようなきっかけになればと考えています。」
さらに、ケーキの仕上がりにもご夫妻の好みと個性が反映されている。
「私も妻も程よい甘さのケーキが好みなので、できるだけ甘さを抑え、軽やかでエアリーな仕上がりを目指しています。何度でも食べたくなるような、重さを感じないケーキづくりを心がけています。」
素材選びから味の仕上げまで、細部にわたるこだわりが一貫して貫かれている。お客様に喜ばれる味を追求する姿勢が、「pâtisserie La filer」を支える確かな信頼となっているのだ。


⑤小さな隠れ家から広がる新たな展望
開業からの1年間を振り返ると、立地特性ゆえに集客面での工夫が必要だったという。そこで力を入れたのがInstagramによる情報発信だった。
「この場所は通りすがりでふらっと立ち寄っていただくのが難しい立地です。だからこそSNSでの情報発信に力を入れました。Instagramをできるだけ更新し、ケーキの魅力が伝わるように写真の見せ方にもこだわっています。」
現在は垂井町を中心に、周辺地域や滋賀県方面からのお客様、さらにはInstagramをきっかけに名古屋から訪れるお客様も増えている。大規模な広告展開ではなく、丁寧な情報発信と口コミによって着実に認知を広げている点が特徴的だ。
寺野さんは新たな展望も描いている。それは、現在の「隠れ家的なケーキ屋」という雰囲気を大切にしながら、「結の森」全体をより魅力的なエリアにしていくことだ。
「まだ2年目なので大幅な拡大は考えていません。むしろ今の小ぢんまりとした隠れ家的なケーキ屋という雰囲気が心地よいと思っています。」
現在この敷地にはケーキ屋のほか、カフェや木工房、カンボジアのかごを扱うショップが並んでいる。寺野さんの構想は、この場所全体を一日楽しめる複合的なエリアにしていくことだ。
「ケーキを買って終わりではなく、かごを見たり木工房のギャラリーを訪れたり、いろいろな楽しみ方ができる場所にしたいです。お客様がそれぞれ他のお店も巡り、お互いに良い影響を与え合えるようなエリアを目指しています。だからこそ、この場所に来る価値を感じてもらえるケーキを提供したいと思っています。」
手作りの温かさと季節の美味しさを求める方は、ぜひ「pâtisserie La filer」を訪れてみてほしい。想いを紡ぎながら丁寧に作られたケーキと、心地よい自然に囲まれた環境の中で、特別なひとときを過ごすことができるだろう。

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