柿渋と薬草の伝統文化を現代に伝える「Over Flow」を訪ねてみた。
地域に根ざす伝統文化とその魅力を現代に繋いでいる。今回は、代表の藤原 麻里子(ふじはら まりこ)さんにお話を伺った。
- 「Over Flow」に込めた「溢れる」想い
- 地方創生プロジェクトから繋がった出会い
- 大地の恵みと伝統の技が織りなす世界
- 自然との共生を望むすべての人へ
- 地域の伝統文化を世界へ、そして未来へ
①「Over Flow」に込めた「溢れる」想い
池田町にある柿渋と薬草のお店「Over Flow」。
池田町の柿渋を生産者から仕入れて計り売りしたり、柿渋で染めたアクセサリーやバッグなどを作家さんに手作業で作ってもらい販売している。また、伊吹山の中腹にある春日笹又で農薬・肥料不使用、不耕起栽培した薬草や揖斐郡内で生産された薬草の販売をしているお店だ。
店舗は藤原さんのご主人が代表を務める自動車修理工場「Over take」の建物内にある。お店の名前を決めるにあたり、ご主人の事業名になぞらえ、「溢れる」という意味を持つ「Over Flow」と名付けた。
「せっかくなら、親しみやすく似たような名前にしたいと思いました。活動を進めていく中で、さまざまな思いが自然とあふれてくるのがいいなと感じ、この名前に決めたんです。」
もともとイベントの企画や主催をしていたという藤原さん。デイサービス施設での高齢者向けワークショップ、動物保護のチャリティー、数秘術やカードリーディングのセッションなど、その活動は多岐に渡る。
自分らしくいられる「ストレスフリー」な生き方を模索したことも、現在の活動へと向かうきっかけの一つになった。
「今までの経験から自分を深掘りしていった時に、人の気持ちのケアをする仕事も良いのではないかと思いました。」
複数の取り組みに携わるようになり、活動名として「Over Flow」を選んだ。この名前には、これまでの歩みと、これから始まる新たな挑戦への決意が凝縮されている。柿渋や薬草を広める活動が、人々の心に深く届くような存在になってほしいという願いが込められている。
②地方創生プロジェクトから繋がった出会い
柿渋に魅せられたきっかけは、池田町の地方創生プロジェクトに参加したことだった。
「地域の魅力を発信するフリーペーパー【いけ本】を発行していた『I LOVE IKEDAプロジェクト』に、2年目からボランティアとして5年目の終了まで加わりました。」
2017年に任意団体『I LOVE IKEDA』を発足して、イベント企画、コロナ禍でイベントが難しくなると、畑での作業にシフトする。耕作放棄地を借り、現在は草を刈りすぎない自然な農法で大豆を育て、毎年継続して参加者を募集し、自分たちで育てた大豆で味噌を作るなど、さまざまな取り組みを行ってきた。
いけ本の取材の一環で地域資源を探る中で、町の方から柿渋の存在を教えてもらったそうだ。任意団体を作ってからも池田町の特産品としての魅力を感じ、一度途絶えると復活が難しい技術を、現代の暮らしに取り入れたいと強く感じた。
「柿渋の効能である、消臭・抗菌・防虫を生かして昔から酒造りの酒袋・清澄剤・木樽や和傘・着物の型紙などに使われてきました。現代に合う形で知恵や文化を伝え続けていきたいです。」
現在、日本では全国で7軒しか柿渋を製造しておらず、岐阜県は池田町にある2軒のみとなっている。かつて日本の三大柿渋産地の一つである広島の「備後渋」は最後の渋屋をNPO法人が継承する形となった。一度失われた文化や技術を再興することは非常に困難だ。特に、技術の伝承はいちから構築する必要があり、大きな労力を要する。
地域おこしの一環として始まった活動は、失われつつある日本の伝統文化と自然環境を守ることにも繋がっている。
③大地の恵みと伝統の技が織りなす世界
柿渋は、日本の伝統的な文化でありながら、その良さはまだ広く知られていない。化学薬品を一切使わずに作られた純度の高い柿渋は、木材や布に独特の風合いや強度を与え、消臭・抗菌・防虫・防腐・防水効果ももたらす。
奈良大学が、柿渋が抗ウイルス作用を持つことを発見し、新型コロナウイルスにも効果があるというデータを出すなど、その効能は科学的にも注目を集めている。
柿渋の製造は繊細な技術を要する。鉄と反応すると黒くなってしまうため、オールステンレスの機械が必要だ。新規参入は難しく、設備の確保が課題となっている。個人で作る人もいるというが、手で擦り潰す作業には大変な手間がかかる。近年は化学薬品への移行も進み、伝統的な柿渋文化が薄れつつある。
「Over Flow」では、町内の2軒の生産者が作ったものをブレンドして販売している。藤原さんは「どちらの生産者も残ってほしい」との思いから、均等に仕入れ、品質の安定を図っている。同じ「柿渋」でも微細な違いがある。製造工程や、目には見えないがそこに存在する常在菌などが独特の香りを生むのだという。
「薬を使わずに、植物で出来る事もたくさんあるんです。」
例えば、ドクダミの花から作る「チンキ」。35度以上の酒に1ヶ月ほど漬け込み、成分を抽出する。それを清水で薄めてスプレーすれば虫よけや虫刺されに効果的だ。よもぎのエキスを抽出した「よもぎオイル」は香りもよく、蜜蝋を混ぜてクリーム化すれば「万能クリーム」が出来上がる。こちらも虫刺されのケアや、マッサージオイルとしても使えるという。
身近な自然の恵みを生活に取り入れることで、より健康的な暮らしを送ることができる。
「Over Flow」は、自然の力と伝統的な知恵を融合させ、現代の暮らしに新たな価値を提案している。
④自然との共生を望むすべての人へ
自分たちの体に入るもの、身の回りにあるものに意識を向ける人が増えている。
男性のリピーターもいるが、特に、柿渋や薬草といった自然の恵みに興味を持つのは、健康や環境に対する意識が高い女性が多いという。商品を消費するだけでなく、自ら植物の効能を学び、積極的に自然の知恵を生活に取り入れる人もいるのだそうだ。
「日頃からあまり余計なものを取り入れない生活をしていると、体の免疫力も上がりますし、気持ち的にもいいと思います。」
現代社会では、意識しないうちに化学的なものに囲まれていると教えてくれた。シャンプーやボディソープ、ゴルフ用品やカー用品に至るまで、「柿渋」を謳った商品も販売されているが、実は純粋な「柿渋」ではないことも多い。
石鹸や洗濯洗剤なども成分表示を細かく確認し、過度な添加物が入っていないものを選ぶなど、日常生活での意識改革も必要だ。
「現代の技術の影響で、人によっては体の不調が出やすくなっている場合もあるように思います。おばあちゃんたちが『体を冷やしてはいけない』と言っていたように、『冷え』は特に女性にとって気になることですよね。そうした不調には、昔ながらの自然の知恵が役立つこともあるのではないかと思っています。」
例えば「ハーブの女王」と呼ばれるよもぎは、女性の健康を支える効果で注目を集めている。「よもぎ蒸し」などで知られるその温熱効果は、冷えによる健康課題を緩和する可能性がある。昨今話題になっている「経皮毒」(皮膚から有害な化学物質が体内に吸収される現象)への対策にもなるという。
店舗の内装も特徴的で、藤原さん自身が木は柿渋で塗装し媒染で色を変え、壁は漆喰を塗り一部には柿渋を混ぜ、科学的なものは使わず自然素材にこだわっている。店内には穏やかな音楽が流れ、落ち着いた雰囲気が広がっている。
店舗は自動車修理工場の待合室にあり、看板も出していないため、今はまだ「知る人ぞ知る」存在だ。それでも、化学物質に頼らない暮らしを望み、心身ともに健やかな生活を送るためのヒントを探している人たちが、SNSや口コミで情報を得て足を運んでくれる。
藤原さんの想いは、届くべき人たちに着実に届き始めている。
⑤地域の伝統文化を世界へ、そして未来へ
今後は、インスタグラムなどのSNSでの情報発信を強化し、商品の魅力をより広く伝えていきたいという想いもある。
また、ネット販売や海外への普及にも力を入れていきたいという。日本文化に興味を持つ海外の人が注目することによって、いわゆる「逆輸入」のように日本にも広まる効果を期待している。
伊吹山に所有する広大な薬草園の活用も視野に入れているそうだ。将来的には生産量を増やし、薬草事業を本格化させたいというが、自然を相手にするため計画通りには進まない。この土地を引き継いだ年には、何十年もなかった規模の山崩れが起きてしまい、一からやり直しになったという。また、作物を動物に食べられないようにフェンスを設置しても、鹿は1.5メートルもの高さを軽々と飛び越えてしまうため、一筋縄ではいかない。
それでも活動を続ける藤原さんは、大地の再生や地球環境についても勉強を重ねている。
「山が崩れるのは、自然が元に戻ろうとする力が働いており、砂防堤を作りコンクリートで固める事で出口を塞がれた水が飽和状態になり水が噴き出る時に上流の土砂を持って滑落していく性質があることを知り、長期的に見た時に不安になるようになりました。また、水には情報を記憶する性質があり、誰が水を汲んだか違いがわかる事を知ったりと、学ぶことが多いです。」
伊吹山はサンゴ礁が隆起した独特の地質を持ち、古くから霊峰として地域で尊ばれてきた。こうした環境で育つ薬草に魅せられた藤原さんは、自然の摂理に逆らわない行動を心がけている。
「ビジネスに重きを置くのではなく、あくまで啓発活動の一環としてやっていければと思っています。」
柿渋と薬草を通じて、失われつつある日本の文化や自然の恵みを伝えたい。利益だけを追求するのではなく、啓発としての役割も担う。現代社会のあり方を問い直し、自然とのつながりを再認識させてくれる藤原さんの取り組みは、これからも続いていく。
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