素材へのこだわりが光る和菓子店「菓子 とりむら」を訪ねてみた。
毎朝つきたてのお餅で作る豆大福をはじめ、厳選素材を使った生菓子を中心に提供する和菓子店だ。今回は、代表の鳥村 昌司(とりむら しょうじ)様にお話をうかがった。
- わかりやすさを重視した店名の由来
- 会社員から和菓子職人への転身
- 素材と製法への妥協なきこだわり
- 生菓子を中心に据えた店づくり
- 長く愛されるお店を目指して
① わかりやすさを重視した店名の由来
北方町の通り沿いに佇む「菓子 とりむら」。この店名には、シンプルながらも明確な意図が込められている。
もともとこの場所は、鳥村家が代々続けてきた「長崎屋」という洋菓子店だった。創業は明治中期頃まで遡り、100年以上の歴史を持つ老舗だが、鳥村さんは店を一新するにあたり、店名を変更することを決めた。
「おしゃれな名前も考えたんですが、こういう通りなので急にお店が現れても何屋かわからないと入ってもらえないんです。『菓子』という言葉を入れて、鳥村という名字を使うのが一番わかりやすいかなと思いました。」
鳥村さんのお兄様も岐阜県内で洋菓子店を営んでおり、洋菓子業界では「鳥村」の名前に一定の認知があった。地域の方や知り合い、友人にとっても馴染みがある。そんな実用性を重視した結果が、この店名だった。
会社としては「長崎屋」の名を残しているものの、店舗名としては「菓子 とりむら」として新たなスタートを切った。場所は変わらず、明治中期から続くこの地で、新しい歴史を刻み始めている。
② 会社員から和菓子職人への転身
鳥村さんが和菓子の道に進んだきっかけは、意外なものだった。幼少期よりお菓子が身近な環境で育ちながらも、大学はお菓子とは全く関係のない分野に進学し、卒業後は会社員として働いていた鳥村さん。
「3、4年ぐらい会社員として働いていました。その頃は、お菓子の道に進むことも、自営業になることも全く考えていませんでした。」
転機が訪れたのは、会社員として働く中での変化だった。「本当に自分の時間をこの仕事に使いたいのか」そんな疑問が芽生え始めたのだ。
「毎日大変そうだけど、楽しそうに生き生き仕事をしている兄を見ていたんです。自分の時間をもっと大切に使うべきかも、と考えた時に、自分の力でお店を始めようと決意しました。」
その中で和菓子を選んだ理由は、いくつかあった。まず、鳥村さん自身が和菓子が好きだったこと。そして、近年、新しい和菓子店はあまり見られないという現状があった。
「和菓子業界は昔から続く老舗と呼ばれるお店が多くて、新しいお店が少ないな、と感じていました。それなら自分で作ってしまおうと思ったんです。」
鳥村さんは名古屋の夜間菓子学校に通い始めた。学校に通いながら修行先の和菓子店で実践的な技術も身につけていった。その後金沢でも修行を積み、合計6年ほどかけて、技術を磨いた。
「金沢のお店では、お菓子の技術だけでなく、経営のコツやブランディングの仕方を学べました。なかなかそういう独自のブランディングをやっているお店も少ない業界なので、貴重な経験でした。」
修行を終え、実家であるお父様の店を全面改装。2025年2月「菓子 とりむら」として新たにオープンした。
③ 素材と製法への妥協なきこだわり
「菓子 とりむら」のコンセプトは、幅広い年齢層に愛される和菓子店だ。ただし、若い人に迎合するために和洋折衷のお菓子を作るつもりはない。
「和菓子店が普通の洋菓子を並べても、洋菓子を専門にしているお店を超えることはないんです。和菓子店は和菓子を求めている人に足を運んでもらえる場所でありたいと思っています。」
鳥村さんが目指すのは、あくまで王道の和菓子。ただし、一つ一つの素材にこだわり抜いた和菓子だ。
「小豆一つ取っても、お餅の餅米一つ取っても、いろいろ試して『この組み合わせが一番いいな』と思ったものを使っています。お客様に提供する以上、お金を出す価値があるものでなくてはならないと思っています。妥協はしたくないんです。」
北海道産の小豆、石川県の醤油など、厳選した素材を使用。通年で販売している商品はもちろん、季節ごとの商品にも、様々な素材を試した結果、たどり着いたものを使用している。
一番人気の豆大福も、その象徴だ。毎朝つきたてのお餅で作るのはもちろんのこと、何県産の餅米を使うか、蒸し時間はどのくらいが最適か、すべて試行錯誤を重ねた。
「つき方や蒸し時間など、いろいろ試して今のが一番いいなと思うものを出しています。なんとなく出すお菓子や無難なお菓子は作りたくないんです。お客様にわざわざ来て買ってもらう価値があるものを作っている自信はあります。」
こうした職人気質な姿勢が、幅広い世代の支持につながっている。
④ 生菓子を中心に据えた店づくり
「菓子 とりむら」の大きな特徴は、生菓子を中心に据えた店づくりにある。生菓子とは、水分量が多い菓子のことをさし、水分を多く含むため日持ちしないものも多い。
「生菓子を中心に置いている和菓子店は減ってきていますね。」
一般的な和菓子店は、日持ちする箱詰めのお菓子を中心に並べていることが多い。生菓子は余ればロスになるし、朝早く起きて作る手間もかかる。職人の高齢化や減少もあり、生菓子を中心に提供する店は少なくなっているのだ。
しかし鳥村さんは、あえて生菓子にこだわる。
「和菓子で何が好きかって聞かれたら、団子や大福、つまり生菓子だと答える人が多いんです。でも意外と売ってない。コンビニやスーパーで売っているものは保存料が入っていますが、うちは日持ちをさせるための多種多様な添加物は入れていないので、安心感もあると思います。」
「菓子 とりむら」では、常に10種類ほどの生菓子を用意。通年販売している豆大福に加えて、その時々の季節に合わせたものを並べている。生菓子は日中に追加して作ることが難しく、特に豆大福は、餅米を前日から水につけておかないといけないため、決まった数しか作ることができない。
休日の多い時には100人前後のお客様が訪れる。リピーターのお客様も多く、週に2、3回来る方もいるという。
「何回も来てもらえると、気に入ってもらえたのかなと思えて、直接的な言葉は無くても、すごく嬉しいですね。」
客層も幅広く、高齢の方はもちろん、学生から家族連れ、男性のお客様が一人で来店されることもあるという。SNSでの情報発信にも力を入れていおり、そこで知った県外からのお客様も後を絶たない。
「今の時代だからこそ、この人目につきにくい場所にも足を運んでもらえるのだと思っています。」
生菓子中心という珍しいスタイルが、他店との差別化にもつながっている、と鳥村さんは考えている。
生菓子を中心にした店づくりには手間も覚悟も必要だが、その分だけ届けられる“できたて”の魅力がある。店先に並ぶ一つひとつの商品に、鳥村さんらしい誠実さがにじんでいる。
⑤ 長く愛されるお店を目指して
開業から半年が経ち、鳥村さんは確かな手応えを感じている。
「会社員の時より、自分の頑張りがそのまま伝わるように感じています。お客様からのお声はもちろん、来ていただけるだけで、『頑張ろう!』と思いますね。」
一方で、課題もある。生菓子にこだわる分、通販での販売が難しく、SNSで知った遠方の方から「買いに行きたいけど、遠くて行けない」という声が届くこともあるという。
「冷凍で生菓子を販売している方もいますが、やはり一度冷凍すると品質が変わってしまうんです。この美味しさをそのままお届けしたいという想いがあるので、やはり1番はお店に足を運んでもらいたいですね。」
今後の展望について尋ねると、鳥村さんは穏やかに語る。
「大きな夢や目標があるわけではないんですが、もっと多くの人に知ってもらって、『あそこのお菓子は美味しいから間違いない』と思ってもらえるお店にしたいです。自分も食べたいし、人にもあげたいし、もらうのも嬉しい。そんなお店として、少しずつ広まっていけばいいなと思います。」
立地の良さを求めて多店舗展開するのではなく、一回食べたら、また来たくなるようなお店にすることが大事だと考えている。
「スーパーやコンビニで手軽にお菓子が買える時代なので、個人店は『ここのお菓子がいい』と思ってくれるお客様をつくることを目指さないと、生き残れないと思っています。より多くの人に知ってもらい、長く愛されるお店にしていきたいです。」
素材へのこだわり、妥協しない製法、生菓子中心のスタイル。すべては「わざわざ足を運び購入する価値がある」お菓子を作るためだ。
つきたてのお餅で作る豆大福を食べたい方、添加物を使わない安心なお菓子を求める方は、ぜひ訪れてみてほしい。職人が一つ一つ丁寧に作り上げた、本物の和菓子に出会えることだろう。
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